1948年に発表された『たのしいムーミン一家』は、暗い影のあった前二作とは打って変わった陽気な作品だ。作者のトーヴェ・ヤンソンは、少女時代には夏の期間をペッリンゲの島々で過ごした。その幸せな記憶が、ムーミントロールたちの姿に重ねられているのである。
作品の核となるのは、冬眠から目覚めたムーミントロールたちが山頂で拾った帽子だ。中に入れたものを変化させてしまうこの不思議な帽子は、実は飛行おにという強大な力を持った妖怪の持ち物である。小説の中でムーミンたちはこの妖怪と顔を合わせることになるのだが、そこに対決といった雰囲気は一切なく、会見は友好的なものとして終始する。この作品の登場人物たちはみな完璧ではなく、どこかに弱点を抱えている。飛行おにとても例外ではなく、強い力とは裏腹の満たされない部分を持っているのである。そのことが浮き彫りにされ、弱点を持ったままでも生きていくことができる賢い解決法が示される。小説はすべての(例によって旅に出たスナフキンを除く)登場人物たちによる祝祭の場面で終わる。春に始まった物語は秋の訪れを予感させて終わる。寒い風が吹く季節になっても生きていくのはそんなに辛くないかもね、と本を閉じた後で読者は感じるはずだ。
本書の第二章で飛行おにの帽子をかぶったムーミントロールは、似ても似つかぬ姿に変化してしまう。しかしムーミンママは息子の外見にとらわれず「そうね、おまえはたしかにムーミントロールだわ」と本質を見抜くのである。それがなぜ可能だったのか、という説明はあえて省かれている。ムーミンママの不思議な力はこの後も息子の危機を幾度か救うことになるのだが、最初がこの場面だったのである。彼女の力強さ、包み込むような優しさには、ヤンソンが絶大な信頼を置いていた母シグネの面影が重ねられているのだろう。
(800字書評)
トーヴェ・ヤンソン『小さなトロールと大きな洪水』(講談社青い鳥文庫)
トーヴェ・ヤンソン『たのしいムーミン一家』(講談社青い鳥文庫)
トーヴェ・ヤンソン『ムーミン谷の夏まつり』(講談社青い鳥文庫)
トーヴェ・ヤンソン『ムーミン谷の仲間たち』(講談社青い鳥文庫)
トーヴェ・ヤンソン『ムーミンパパの思い出』(講談社青い鳥文庫)