前作『ムーミン谷の冬』をムーミントロールによる他者の発見の物語だったとすれば、『ムーミン谷の仲間たち』はその他者を描くことに主眼のある作品だ。1962年に発表された本書はシリーズ唯一の短篇集である。原題は「目に見えない子と、そのほかの物語」で、表題作の主人公はニンニという少女だ。彼女はおばに育てられていたが、あまりにひどいことをたびたび言われたために、姿が見えなくなってしまったのである。ムーミン一家は、彼女を手厚くもてなし、姿が見えるようになるようにしてあげようとする。いちばんの働きを見せるのは例によって気丈なミイだ。虐待によって自愛の感情を失ってしまったニンニにミイは、「たたかうってことをおぼえないうちは、あんたにはじぶんの顔をはもてません」と言い放つ。どんなときも自分であることを大事にするミイらしい一言である。
誰からも愛されたことがないはい虫と出会ったスナフキンの心の動きを描いた「春のしらべ」、孤独を愛するヘムレンさんが隠遁生活を始めたはずなのに意外なことになる「しずかなのがすきなヘムレンさん」など、いつの間にか世間からずれていってしまう者、どうしても生きにくいと感じてしまう者を中心に据えた九つの短篇が収められている。「この世のおわりにおびえるフィリフヨンカ」の主人公は後の短篇「黒と白」のそれを思わせるし、話の終わり方が印象的な「嵐」にも通じるものがある。トーヴェ・ヤンソンは1970年にムーミン・シリーズを完結させ、一般小説に専念する。萌芽はすでにここで始まっているのだ。
ムーミントロールの物語としてシリーズを読みたい方には、本書のうちでは「もみの木」と「世界でいちばんさいごのりゅう」をお薦めしたい。前者はムーミン一家が生まれて初めてクリスマスツリーの飾りつけをする話、後者はムーミントロールとスナフキンの友情を描いた一篇だ。幕切れの会話が実にいいのである。私は落語「笠碁」を連想した。
(800字書評)
トーヴェ・ヤンソン『小さなトロールと大きな洪水』(講談社青い鳥文庫)
トーヴェ・ヤンソン『たのしいムーミン一家』(講談社青い鳥文庫)
トーヴェ・ヤンソン『ムーミン谷の夏まつり』(講談社青い鳥文庫)
トーヴェ・ヤンソン『ムーミン谷の仲間たち』(講談社青い鳥文庫)
トーヴェ・ヤンソン『ムーミンパパの思い出』(講談社青い鳥文庫)