(承前)
8月某日
静岡古本行の二日目。
当日予約ということで1500円という格安のホテルを予約したことは前に書いたと思うのだけど、どんな廃屋かと身構えながら泊まったところ、意外や部屋は広く、快適であった。パンとコーヒーだけだったが朝食まで付いて、この値段は安い。ホテルロイヤルメイフラワー静岡というところなので、検討の際にはどうぞ。
最安値を設定した部屋があるのは、おそらく立地の問題ではないだろうか。静岡駅からだと、歩いたら三十分近くかかるのである。そのために空き部屋が出る日があるのではないかと推測する。私も普段ならもう少し駅に近いホテルを予約する。駅前には多可能もあるし。しかしながら今回、このホテルにしたことには大きな意味があった。
静岡市葵区の中で唯一回っていない古本屋が、ブックボックス唐瀬通り店だ。何しろ、遠いのである。直線距離でも静岡駅から北東へ向けて4、5㎞はある。ここまで往復しようと思うと、他のいろいろなことを犠牲にしなければならないだろう。そのために今まで二の足を踏んできたのだが、駅からかなり北にある、このロイヤルメイフラワー静岡に泊まったからは、未踏の地に行くべきなのではないだろうか。さらに、ホテルのチェックアウトが12時であることも背中を押してくれた。本のせいで重い荷物は部屋に置いて、手ぶらで行ってこられる。調べると、開店時刻は10時だった。9時にホテルを出発、10時に店に入り、30分で見て、11時半に戻ってくる。よし、完璧だ。
■意外なほどに個性的な街道店
一階ロビーでパンとコーヒーの朝食をいただき、歩き出した。近くにある静岡浅間神社の東側を麻機街道が走っている。それで北へと進み、ある程度行ったら今度は北東東を目指して歩き始める。何度か曲がるが、唐瀬通りに向けて進んでいるというイメージを維持していれば大きく道を間違えることはない。歩いていくのはごく普通の住宅街だが、旧街道歩きでこういうところには慣れている。家並みを楽しく眺めながら歩いているうちに、9時45分頃、目指すブックボックス唐瀬店に到着した。
おお、もう開いている。店頭にワゴンが並べられ、左側には背の高い棚がコの字形に配置してある。これらすべてが100円均一なのだ。6冊で500円という貼り紙があって一瞬血圧が上がりかけるが、よく考えると3冊で200円よりは高いのである。丹念に見てから店内に入る。
店は横に長く、棚が入口と平行に並べられている。一番手前は文庫や新書の100円均一ゾーン、次がコミックや児童書で、均一棚もある。三番目もコミックだが、ここには絶版ものが多く置いてあった。新古書店と思って舐めるなよ、ちゃんと値付けをしてるんだぜ、という店の矜持を感じる棚だ。
夜番目のゾーンが小説やサブカル、郷土本といったいわゆる古本屋らしいものが並んだゾーンで、8000円とか、少々値の張る本も平台に面陳してある。郷土本はかなりの充実度だ。単なる中古の売り買いに徹していたら、こういう本は出ないだろう。
その向こう側は、大型本が多くありアニメ関係のムックや雑誌なども珍しいものがある。ここからCDやDVDのゾーンが始まり、見てみたら東方の二次創作ものなども並んでいた。持っていたから買わないけど。さらにその裏はアダルトコーナーで、これも二列ぐらいある。一応中に入って官能小説で珍しいものがないか確認する。成年コミックがふんだんにあるのだが、私が探すような昭和のものは少ない。
さて、何を買うかだ。100円棚に結構珍しいものがあったので、そちらを中心に選んでいく。出物は、西和文庫から出ている、ガルシア・パポン『雨の七日間』だろう。スペイン産のミステリーである。ダブりなのだが、いかにも連れて帰ってほしそうな顔をしていたので、よしよしと声をかけながら拾う。誰か要るだろう。
会計を済ませて外に出る。改めて調べてみたところ、ここから静岡駅まで行くバスがホテルの近くを通っているらしい。十分も待たずに乗れそうなので、帰りは無理をせずにバスを使うことにした。後で確認してみたら、駅からも複数の路線が来ていた。
■回り残しがないように丹念に
ホテルで汗を流し、12時少し前に外に出る。えっちらおっちら歩いて帰るのである。途中で十返舎一九の生地がある両替町に入り、昨日は時間切れで入れなかった安川書店に行く。三列の通路のうちに二列に郷土史を中心とする人文関係書が並べられ、地の宝庫といった観のある良い店である。入っていちばん右の通路が小説のある場所だ。左側にある食文化に関する棚がいつも気になるのだが、特に何も買わずに出る。いつかは郷土史本をごっそり買って帰りたい。
その両替町を南に進み、七間町通りにぶつかったら右へ。すぐに見えてくるのが太田書店七間町店だ。店頭には、行きかう客に誇示するように100円均一棚が並べられ、その裏には児童書や大型本、さらにその裏には250円均一のサブカル本といった具合に、中枢に入る前にまず楽しむことができる古本屋だ。店内はあべの古書店と同じように細分化された棚が続いており、性文化だけでジャンルが一つあったりする。ここでも100円棚の本を数冊購入、ようやく古本欲が収まって、帰路に就く気分になった。
帰宅してから数えてみたら、静岡県内にまだ行ってない古本屋は11軒あった。そのうち3軒は前まで行ったが営業していなかった店で、うち2軒はもう廃業してしまった可能性がある。もう少しで完全踏破である。完全踏破しなければならないのか、という問題はさておき。