杉江 松恋
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小説の問題vol.19 井上尚登『T.R.Y.』
今、書店には何だかとんでもなくおもしろそうな本が平台に山積みになっている。『T.R.Y.』、今年の横溝正史賞受賞作である。なにしろ帯の煽り文句がいい。主人公は「革命という熱病にうなされる怪男児」だ。 この言葉を見ただけでも、正直、おおっと思った。しかも、 「横溝賞史上、最高傑作!」 との折り紙つき(編集者の情熱を感じる)。こ...
街てくてく~古本屋と銭湯、ときどきビール 2019年3月静岡行・その5 沼津「平松書店」
(承前) 根気がない。集中力が足りない。細かいことにこだわらない。 そんな性格だと自分では思っているのだが、こと趣味に関しては事情が異なる。 手に入らない本はなんとかして読みたくなるし、行けないと言われている場所には行きたくなるものである。 昨年からずっと宿題として残っていたのが、沼津の平松書店であった。 これまで二回挑...
小説の問題vol.18 宮嶋茂樹『空爆されたらサヨウナラ』
もうかれこれ三十年以上も私は東京都の住民なのだが、最近になって変わったことがある。都の公報紙「都政だより」にやたらと都知事の顔写真が載るようになったのだ。前任者の青島幸男のころまではそういう慣習はなかったので、これは石原慎太郎の意識的なパフォーマンスなのだろう。私はそれを見るたびに、(失礼ながら)都知事選で敗北した明石康氏のことを思い出してしまうので...
街てくてく~古本屋と銭湯、ときどきビール 2019年3月静岡行・その4 狐ヶ崎「ふしぎな古本屋はてなや」
(承前) さて、静岡行の二日目である。 静岡駅前にもまだ行けていないところはあるのだが、それよりも優先度が高いのは、機会を作らないと絶対に足を延ばさないような、ぽつんと一軒ある店である。そういうところが逡巡しているうちに閉店してしまった、という経験を今まで何度してきたことか。静岡市内で言えば清水区のエンゼル書店がそうで、東海道歩き...
小説の問題vol.17 白石一郎『航海者』
「一九九九年第七の月」は無事に終わったのだろうか。原稿を書いている時点では「恐怖の大王」どころか、空から降ってくるのは雨ばかりだが。大王を待ってぼんやりしている間に、読書界には大傑作が彗星のごとく降臨してきた。白石一郎の『航海者』である。 われわれの知る日本史像は、ここ十年あまりで大きく様変わりした。特に中世民衆史の風景を変貌させるに多大な貢献...
街てくてく~古本屋と銭湯、ときどきビール 2019年3月静岡行その3・静岡「あべの古書店」ほか
(承前) 一冊萬字亭から次の目的地までは結構な距離がある。駿府城の北西に浅間神社があり、そこにつながる商店街の入口にあべの古書店という古本屋があるのだ。現在、時刻は午後4時である。閉店にはまだ余裕があるが、とある理由からどうしてもあと1時間で探索を終え、午後6時までにはホテルへのチェックインを済ませておきたかった。 やむをえない、こういう...
街てくてく~古本屋と銭湯、ときどきビール 2019年3月静岡行・その2 静岡「水曜文庫」ほか
(承前) 前回静岡駅までやってきたのは2018年9月のことであった。 そのときはタイミングが悪く、訊ねる店訪ねる店がみなお休みという体たらく、特に道を挟んで近所にある、水曜文庫と栄豊堂書店古書部の二軒に揃って振られたのは、静岡という街自体に拒まれたようでなんとも縁起が悪く感じた。験かつぎではないのだが、とりあえずはそこから攻めていきたいと...
小説の問題vol.16 中島らも『さかだち日記』
今月はちょっと趣向を変えてエッセイを取り上げたいと思う。中島らもの『さかだち日記』である。 中島らもといえば、おそらく一般的には、『明るい悩み相談室』(朝日文庫)の作者として名高いのではないかと思う。天下の朝日新聞に、「うちの父が全裸で野菜炒めを作るので困ります」といったような、かっ飛んだ相談が載っていたのだから、今にして思えば過激な連載だった...
街てくてく~古本屋と銭湯、ときどきビール 2019年3月静岡行その1 草薙・ピッポ古書クラブ
3月に入り、またあれがやってきた。 青春18きっぷの季節である。 思えば昨年までは不定期に二度目の東海道歩きを実行しており、日本橋から24宿目になる、静岡県島田市の金谷まで歩を進めていた。ところが昨年の春にちょっとした不注意がもとで入院してしまった。病気自体はすぐに治ったのだが、一時的に体力が落ちたのと、なぜかとんでもない...
芸人本書く派列伝returns vol.20 『実録・国際プロレス』
「芸人本に書いてあることはみんな嘘」という表現は、たしか立川談之助『立川流騒動記』(メディア・パル)で見たのではないか。当たっていると思う。 その世界の人間でもないのに、芸人はみんな嘘つき、などと断じるつもりは毛頭ない。そうではなくて、芸人が書いた本に単一の真実を求めること自体が無理ではないか、と言いたいのである。 たとえば東京の落語家は...