杉江 松恋
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幽の書評vol.21 京極夏彦『書楼弔堂 破暁』
見えないものを人は語ることができるのか 病の療養という名目で勤めを辞め、高遠は廃れ者のように無為な暮らしを送っていた。そんなある日、彼は奇妙な本屋の噂を聞き、足を踏み入れることになる。明治の御世ではもはや見掛けることもなくなった街燈台の如き、極めて風変わりな外観の店である。新参の客を迎えた小童は、書楼弔堂であると店の名を告げた。店の主は、本は墓...
幽の書評vol.20 藤野可織『おはなしして子ちゃん』
可愛らしいけど口に入れたくないドロップたち そのクラスには、小川さんという女の子がいた。少し太っていて、足が遅くて、地味な色の服ばかり着て、漫画やアニメや流行歌手の知識がいっさいなくて、みんなと違う長方形をした真っ白な消しゴムを使っている女の子が。「だから」私たちは毎日彼女の消しゴムを隠したり捨てたりするようになる――(表題作)。 藤野可...
幽の書評vol.19 飯沢耕太郎『ザンジバル・ゴースト・ストーリーズ』
これはザンジバル版『遠野物語』なのか ザンジバルを訪れていた旅行者が、夜の公園の一角で黒いヴェールの女と出くわした。こんな夜中に出歩く女ならば気軽に誘えるだろう、という不埒な思惑で男は女に声をかけた。案の定すぐに承諾したが、いささか身繕いに時間を要するという。再び姿を現したとき、その姿はとてつもない変化を遂げていた――。 飯沢耕太郎『ザン...
芸人本書く派列伝returns vol.16 秋山訓子『女子プロレスラー小畑千代 闘う女の戦後史』・小林信彦『おかしな男 渥美清』
今回は新刊で芸人本を読むのが間に合わなかったので番外編です。ご勘弁を。 ご存じの方もいらっしゃるかもしれないが、私は書評家の藤田香織さんとの共著で『東海道でしょう!』(幻冬舎文庫)という本を出している。東海道五十三次495kmを実際に歩いてみたルポルータジュだ。数年前の著書なのだが、最近になってこの本に絡んだ講演をしてほしいという依頼が...
川出正樹と杉江松恋の「翻訳メ~ン」2019年2月号
二人合わせて翻訳メン! 翻訳ミステリーばかり読んでいる翻訳マン1号こと川出正樹と、 同じく翻訳マン2号・杉江松恋(撮影・編集担当)がお送りするyoutube上の書評コーナー。 それが「翻訳メ~ン」です。 その月に出た翻訳ミステリーの中からお互いが三冊ずつを持ち寄ってカメラの前でレビュー、前回まで技術力が追い付かずに音声...
幽の書評vol.18 フリードリッヒ・デュレンマット『失脚/巫女の死 デュレンマット傑作選』
世界に充溢する黒い空気を克明に描く作家 繊維業者のアルフレード・トラープスが運転していた自動車が突如エンストを起こし、彼は修理が完了する翌朝まで足止めされてしまった。宿を提供してくれた老紳士に誘われ、トラープスは館で行われる夜会に参加することになる。主人を含む四人の老人とトラープス、男だけのささやかな集まりだ。その席上で主人は変わった申...
幽の書評vol.17 飴村行『粘膜戦士』
閉鎖社会の恐怖を嘲笑とともに描き出す 陸軍軍曹・丸森清は、金光大佐から内密の呼び出しを受け、執務室へと足を運んだ。直立不動でその命を待ち構える丸森に、彼は言い放つ。「本日一四〇八、ベカやんこと丸森清軍曹はこの場において、ワシの勃起した陰茎を右手でしごき、可及的速やかに射精させよっ」 悪夢の命令に対し、丸森は『極めてグロテスクな牛の乳絞り』として...
幽の書評vol.16 三輪チサ『死者はバスに乗って』
ジャンルを横断する圧巻のデビュー作 ある日街中で、そこにはいないはずのものが見えるという怪事が起き始める。幼稚園の送迎バスだ。バスが見える者は限られているが、高校2年生の対馬奈美はその一人だった。彼女の家では、幼いころに死んだはずの弟・マサヤが帰ってくるという異変も発生していた。県警の交通課に属する刑事・梶原は、バスを見てしまったものが起こした...
幽の書評vol.15 オレスト・ミハイロヴィッチ・ソモフ『ソモフの妖怪物語』
古代と現代を「妖怪」でつなぐミッシングリンク登場 勇猛なコサックのフョードル・ブリスカフカは、美しい娘・カトルーシャを妻として娶る。だが幸福な日は長くは続かず、ある新月の晩、カトルーシャは怪しげな草によってフョードルを昏睡させようとしてきた。その企みに気づいて夫が狸寝入りをしているとも知らず、彼女は呪文を唱えいずこかへと飛び去ってしまった。新妻...
幽の書評vol.14 京極夏彦『西巷説百物語』
語りの芸のさらに上を目指す妖怪作家 人形浄瑠璃の夜の楽屋で事は起こった。塩冶判官と高師直、『仮名手本忠臣蔵』で使われる二体の人形が、闘争の後のような状態で床に落ちていたのだ。胴体から跳ね飛ばされた塩谷判官の首は、額が二つに割れていた。それはまるで、魂の入りすぎた人形が人気のないのを見計らって相争ったかのような事態であった。一座の人形遣い・豊二郎...