杉江 松恋
一覧
幽の書評vol.6 エドワード・ゴーリー編『憑かれた鏡 エドワード・ゴーリーが愛する12の怪談』
その鏡は見る人の恐怖を増幅させる。奇想の作家エドワード・ゴーリーが選んだ選りすぐりの怪談集 その庭にはいくつもの石板が転がされている。形状から、それが単なる板ではなく石碑であることがわかる。禿頭の巨漢が、木陰に腰を下ろして休んでいる。もう一人の痩せた男が、立ったまま彼に話しかけている。二人の会話に耳をそばだてるような位置に、正面を見せて石碑が立っている...
街てくてく~古本屋と銭湯、ときどきビール 2019年1月・中村橋「古書クマゴロウ」
西武池袋線の中村橋という駅にはあまり縁がなくて、最後に下りたのはまだ勤め人だった二十年以上前のことではないかと思う。「少年チャンピオン」で『探偵ボーズ21休さん』というミステリー漫画の連載が始まることになり、私を含めた何人かにトリックプランナーのお手伝いをする話がまわってきた。その顔合わせということで、中村橋の中華料理屋に集まったのであった。これは別...
芸人本書く派列伝returns vol.14 玉袋筋太郎『スナックの歩き方』
たけし軍団の芸人は早くテレビを捨てて寄席に出るべきではないか、と昔思っていた。 ビートたけしの命によってタップダンスを習わさせられている、などという噂を聞いたころだからかなり昔のことだと思う。 その考えが正しかったかどうかといえば、率直に言えば外れだった。テレビにすっかり定着した軍団員もいれば、政界進出を果たした剛の者もいて、思ったほど寄...
幽の書評vol.5 デイヴィッド・マレル『トーテム[完全版]』
1970年代を代表するモダンホラー傑作が、「完全版」として甦る。現代版人狼伝説ここにあり 1970年代にデビューしたスティーヴン・キングと、彼に追随する作家たちが1980年代にモダンホラーの一大ムーブメントを作り上げた。デイヴィッド・マレル『トーテム』は、その潮流の中で書かれたホラー長篇である。作者自ら、キング『呪われた町』から受けた影響を認めている。...
街てくてく~古本屋と銭湯、ときどきビール 2019年2月・西日暮里「古書信天翁」
西日暮里駅から線路沿いの坂をだらだら上り、途中で富士見坂をやり過ごして進むと丘の頂上に出る。そこから谷中銀座に向けてくだっていく道があり、途中から階段になっている。通称夕焼けだんだん、谷根千を代表する名所の一つだ。 落語好きにはこの界隈は、五代目古今亭志ん生と十代目金原亭馬生の旧宅があった場所としても知られている。詳細は省くが、谷中銀座の中途の...
街てくてく~古本屋と銭湯、ときどきビール 2019年2月・竜ヶ崎「竜ヶ崎古書モール」
ツイッターに流れてきた情報で、茨城県の竜ヶ崎市にある竜ヶ崎古書モールが近々閉店することを知った。 閉店してしまうのか。 いや、まだ間に合うじゃないか。遠いといっても飛行機に乗らないと行けないような場所ではないし、鉄道で行っても一時間半ぐらいしかかからない(調べた)。これは絶対に来いということだと確信し、報せを聞いた翌日には常磐線に乗ってい...
幽の書評vol.4 高橋克彦『弓削是雄全集 鬼』・柴田宵曲『妖異博物誌』『続妖異博物誌』
人の心の奥底に鬼の棲み処がある。安倍晴明以前に存在した陰陽師が活躍する王朝幻想小説の決定版 陰陽師というと、真っ先に名前が挙がるのが安倍晴明である。だが、晴明の名が史書に初めて登場したのは、961(天徳5)年のことにすぎない。 日本に初めて陰陽道が伝えられたのが6世紀初、空海によって「宿曜経」などの経典が日本に持ち帰られ、本格的な研究が開始された...
幽の書評VOL.3 岩井志麻子『嫌な女を語る素敵な言葉』・森山東『お見世出し』
どこかで誰かがうまくやっている。顔の見えない存在へ募らせる憎悪が、現代人の心を荒ませている。 岩井志麻子の初期作品を読んで、これは日本固有の差別構造に立脚していると書いたことがある。デビュー短篇集『ぼっけぇ、きょうてぇ』以降の、いわゆる岡山ものとは、前近代的な村落共同体が、閉鎖社会であるがゆえに村落内部で生じた歪みを解消できず、かえって増幅させていく悲...
幽の書評vol.2 つり人出版部編『水辺の怪談2』・小池真理子『夜は満ちる』
先般、KADOKAWAから刊行されている日本で唯一の怪談専門文芸誌「幽」が休刊し、同社の妖怪専門誌「怪」と合併して「怪と幽」として再出発することが発表された。30号をもって幕を閉じた同誌には、私は創刊以来ずっと書評を寄稿していたのである。多くの雑誌で連載を持ってきたが、創刊から休刊まで通してというのはたぶん「幽」が初めてだ。思い入れの強い雑誌でもあり、これか...
街てくてく~古本屋と銭湯、ときどきビール 北新宿「ピノキオ書房」の思い出
ここが伝説の地である。 新宿区百人町、南北に延びる小滝橋通りと、東西に走る税務署通りとが、JR総武線の大久保駅の西側で交差する。その交差点の南東角近くに一軒の寿司屋がある。 近辺の歴史に関心のない人には単なる寿司屋にしか見えないだろう。 だが私の目には一つの幻影が浮かび上がっている。 寿司屋の隣に時代から取り残されたような古い...