読書もの
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杉江の読書 『つげ義春全集2』(筑摩書房
『つげ義春全集1』の後半に収められた「おばけ煙突」は無情感の漂う労働者の生活スケッチであり、後の「大場電気鍍金工業所」などを予感させる作風であった。しかし、そのまま順調に同路線を歩んだわけではなく、1960年代に入るとつげは迷走と言っていいほどに多彩な作品を手がけるようになる。おそらくは貸本漫画業界が末期を迎えており、強い柱となるジャンルが存在しなかったため...
杉江の読書 『つげ義春全集1』(筑摩書房)
つげ義春の本格的デビュー作は1955年に発表した描き下ろし単行本『白面夜叉』だ。『つげ義春全集1』(現・『つげ義春コレクション 四つの犯罪/七つの墓場』ちくま文庫)にはその直後、最初期の作品群が収められている。巻頭の『四つの犯罪』は温泉宿の逗留客が過ちを告白していくという連作長篇形式で、どれも完全犯罪の計画とその失敗を描くことが主軸になっている。その中の1...
杉江の読書 斎藤文彦『テイキング・バンプ』(ベースボール・マガジン社)
1990年代、プロレス業界が何度目からの最盛期を迎えていたころ、「週刊プロレス」は公称40万という驚異の発行部数を記録した。「USAプロレスリング・コラム」は同誌の人気連載で、私は購入すると真っ先に読んだ。斎藤文彦『テイキング・バンプ』はその連載の初期原稿をまとめたコラム集である。今では珍しくなくなったが、1994年の刊行当時はプロレスラーの素顔を伝える本...
杉江の読書 市川憂人『ジェリーフィッシュは凍らない』(東京創元社)
第26回鮎川哲也賞受賞作『ジェリーフィッシュは凍らない』の帯に「21世紀の『そして誰もいなくなった』登場!」とあり、気になって読み始めた。受賞者の市川憂人は東京大学新月お茶の会出身者である。「ジェリーフィッシュ=クラゲ」とは、作中に登場する飛行船の愛称である。飛行船の運用が常態化した、別の歴史中の事件なのである。作中の時代は1980年代に設定されている。こ...
杉江の読書 京極夏彦『虚実妖怪百物語 序』(角川書店)
京極夏彦は近世と近現代がいかに連続していて、いかに断絶しているかを明らかにしようとしている作家だ。近世文学の再現や柳田國男『遠野物語』の整理と再構成などの仕事に作家としての意図は明らかであるが、水木しげる研究こそはその根幹をなすものである。水木という欠片を嵌め込むことで、いかに近世と現代とが接続しうるかを京極は示した。 10月22日から3週間連続で序...
杉江の読書 大崎梢『よっつ屋根の下』(光文社)
大崎梢『よっつ屋根の下』は、家族の小説であり、家族の時間の小説である。 東京都の閑静な住宅街である白金で、平山家の四人は穏やかに暮らしていた。その日々が突然終わりを迎えたのである。平山滋は千葉県銚子市への転勤を命じられる。明らかな左遷である。それは妻である華奈にとっては受け入れられないことだった。長男の史彰、長女の麻莉香には私立校受験の準備もさせてい...
小説の問題 「グーグーだってペコペコである」津村記久子と森見登美彦と小林信彦
「問題小説」連載の原稿を発掘する「小説の問題」、今回は2008年10月号だ。 雑誌の切り抜きをぱらぱらめくってこのタイトルを発見したときは、思わず笑ってしまった。なんだこれ。元ネタは有名な漫画のあれだろう。フィクションを三冊紹介するときに、統一テーマとかではなく部分に注目してみようと思いついた回、のはずである。 この三冊をとりあげた、という時...
密林さんといっしょ(その2)
先週末から今週中盤にかけては、来たる「博麗神社秋季例大祭」合わせの同人誌制作で現実世界から脱落しておりました。みなさん、いかがお過ごしでしたでしょうか。 そんな中、この「密林さんといっしょ」のための読書もちびちびとやっていたのである。普段は関心を持たない本をネット書店の検索機能を使って手に取り、読書の幅を広げようというこの企画、詳細は第一回の原稿を参照...
小説の問題 「いい時間は努力しないと続かない」山本幸久と歌野晶午
「小説の問題」、今回は「問題小説」2007年6月号から。山本幸久と歌野晶午を取り上げている。このときは2冊の時代。 複数冊を取り上げてそのつながりを匂わせながら紹介していく書評なのだが、時折、パッと見ただけではその理由がわからないものがあった。今回もそうで、いや、その1つはちゃんとタイトルでも書いてあるのだが、実は別の理由があったのだった。それは読者...
杉江の読書 『窓辺の老人 キャンピオン氏の事件簿1』(猪俣美江子訳/創元推理文庫)
マージェリー・アリンガムの創造した名探偵譚をまとめた作品集〈キャンピオン氏の事件簿〉、第一弾は2014年に刊行された『窓辺の老人』である。本書に初期短篇、第二弾の『幻の屋敷』に中後期といった具合に、ほぼ発表年順に作品は配置されている。巻頭の「ボーダーライン事件」は、江戸川乱歩が『世界短篇傑作集3』に採ったことでも知られる傑作で、改めて読むとその鮮やかさに惚...