現在仕事
一覧
「川出正樹と杉江松恋の翻訳メ~ン」2017年9月号
二人合わせて翻訳メン。 家に猫を飼っているほうの翻訳マン1号・川出正樹と 庭に猫が遊びにくるほうの翻訳マン2号・杉江松恋が お届けする、最新翻訳ミステリー・翻訳小説レビュートーク「翻訳メ~ン」。 前回までpodcastでお送りしておりましたが、マンパワー及び(杉江の)技術の問題で今回からyoutubeで音声放送いたします。べ、別にyoutuber...
杉江の読書 キット・リード『ドロシアの虎』(サンリオSF文庫)
中村融編の〈奇妙な味〉アンソロジー、『夜の夢見の川』(創元SF文庫)に収録された「お待ち」があまりに強烈だったもので、キット・リード作品をもっと読みたいと思った。 リードは1932年生まれで、ジャーナリスト出身の作家である。二桁に届く長篇があるのだが、邦訳は『ドロシアの虎』(友枝康子訳/サンリオSF文庫)しかない(注:細谷正充さんの指摘で気づいたのだが...
杉江の読書 第157回直木賞について 20170719
続いて直木賞である。 木下昌輝『敵の名は、宮本武蔵』(角川書店)は、剣豪と敵対して剣を交えた者たちを主人公とし、彼らの視点から宮本武蔵という人物を浮かび上がらせていくという形式の作品だ。木下にはデビュー作であり最初の直木賞候補作となった『宇喜多の捨て嫁』や『戦国24時 さいごの刻』などオムニバス形式をとった作品が多数ある。ミステリーで用い...
杉江の読書 第157回芥川賞について 20170719
今回の芥川賞・直木賞には、軸がはっきりと見える候補作が揃った。 芥川賞のそれは、社会の多様性を小説はいかに描きうるかということに尽きる。今さら言葉を重ねるまでもないが、現代を支配するのは不寛容を基調とする空気だ。たとえば倫理観においては、これほどまでに清潔さが重視され、自分勝手であることが忌まわしいものと批判される時代はかつてなかったように思う。同じ鋳...
杉江の読書 青山文平『春山入り』(新潮文庫)
青山文平『春山入り』を読み終えたところである。ただ不明を恥じるばかりで、改題前の単行本『約定』が出た2014年の時点で読み、書評すべきであった。 本書に収録された「半席」は徒目付として人物評定の仕事に励む片岡直人を主人公とする一篇だ。彼は上司から頼まれ、矢野作左衛門という御家人の死について調査する。その結果、作左衛門の死に関わった人物の動機が炙りださ...
杉江の読書 周防柳『蘇我の娘の古事記』(角川春樹事務所)
物語は乙巳の変に始まる。いわゆる大化の改新である。その事件の結果、中級役人の船恵尺は、誰にも言えない秘密を抱えることになった。彼にはすでに二人の息子がいたが、新たにコダマという娘が家族に加わった。しかし彼女は恵尺の実子ではなく、乳人として蘇我入鹿から引き受けた子供だったのである。この秘密が物語の重要な鍵となる。 周防柳『蘇我の娘の古事記』は天智から天...
杉江の読書 カベルナリア吉田『旅する駅前、それも東京で!?』(彩流社)
どこの町にも誰かがすんでいて、その人たちの暮らしがある。 交通機関や情報網が未発達だった過去はいざ知らず、現代に紀行文を書くことの意味はそこにあると思っている。土地柄や風物を通して見えてくる人々の暮らしに読者は関心を持つのだ。カベルナリア吉田『旅する駅前、それも東京で⁉』(彩流社)は、おもしろい方向からその興味を満足させてくれる一冊だった。 著...
杉江の読書 『ムーミン谷の十一月』(講談社青い鳥文庫)
トーヴェ・ヤンソンは物語の枠から登場人物を解放し、同時に読者をもそこから自由にしてみせた。しかしそれは訣別を意味しているのではない。虚構と現実の間に距離を設けることによって、読者は物語と自分の関係を見直すことができる。そして、いつでも任意の時にそこに戻っていくことができるのだ。客体化された物語は、懐かしい心の故郷になる。 シリーズ最終作『ムーミン谷の...
杉江の読書 『ムーミンパパ海へ行く』(講談社青い鳥文庫)
抑えきれない冒険心を持つムーミンパパは、ついにムーミン谷を捨てて孤島暮らしをすることを決意する。そこを地上の楽園としようとした彼の思惑と裏腹に自然環境は厳しく、一家の生活は次第に停滞し始める。気ままなミイだけではなく、ムーミントロールも家を離れて自活することを宣言、ムーミンママは屋内に懐かしいムーミン谷の絵を描いてそこにいるという夢想に耽る。一家の心はばら...
杉江の読書 『ムーミンパパの思い出』(講談社青い鳥文庫)
ピカレスク・ロマンとはたとえば、孤児院を脱走した子供が成長して自分の家を持つようになるまでを書いた小説のことだ。トーヴェ・ヤンソンにもそういう長篇がある。『ムーミンパパの思い出』である。この作品の刊行は1968年だが、原型は1950年に発表された。したがって執筆順としては四作目に当たるが、改稿を経て現在の形になったものは八作目に数えられる。捨て子だったムー...