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杉江の読書 高橋敏『大坂落城異聞 正史と稗史の狭間から』(岩波書店)
「稗史」とは稗官、すなわち身分の低い官吏が記した歴史で、元は政の参考とするために下級役人に書かせた民情報告書のことを指した。そこから転じて小説体の歴史の意となり、正史に対する野史・外史と同義にも用いられる。稗史の中には成文化されていない口碑のたぐいも含まれるわけであり、歴史学の対象にはなりにくい。高橋敏『大坂城落城異聞』は「正史と稗史の狭間から」という副題が...
杉江の読書 『つげ義春全集3』(筑摩書房)
1960年代初頭の白土三平ブームを私は直接体験していないのだが、後追いの多さを見れば影響の大きさは察せられる。つげ義春もまた白土の模倣を要請された作家の一人だった。『つげ義春全集3』(現・『つげ義春コレクション3 鬼面石/一刀両断』ちくま文庫)には、前巻と同じ1960年代前半、すなわち貸本漫画界の終焉期に作者が手がけた時代劇漫画5篇が収録されている。画風はい...
杉江の読書 『つげ義春全集2』(筑摩書房
『つげ義春全集1』の後半に収められた「おばけ煙突」は無情感の漂う労働者の生活スケッチであり、後の「大場電気鍍金工業所」などを予感させる作風であった。しかし、そのまま順調に同路線を歩んだわけではなく、1960年代に入るとつげは迷走と言っていいほどに多彩な作品を手がけるようになる。おそらくは貸本漫画業界が末期を迎えており、強い柱となるジャンルが存在しなかったため...
杉江の読書 『つげ義春全集1』(筑摩書房)
つげ義春の本格的デビュー作は1955年に発表した描き下ろし単行本『白面夜叉』だ。『つげ義春全集1』(現・『つげ義春コレクション 四つの犯罪/七つの墓場』ちくま文庫)にはその直後、最初期の作品群が収められている。巻頭の『四つの犯罪』は温泉宿の逗留客が過ちを告白していくという連作長篇形式で、どれも完全犯罪の計画とその失敗を描くことが主軸になっている。その中の1...
杉江の読書 斎藤文彦『テイキング・バンプ』(ベースボール・マガジン社)
1990年代、プロレス業界が何度目からの最盛期を迎えていたころ、「週刊プロレス」は公称40万という驚異の発行部数を記録した。「USAプロレスリング・コラム」は同誌の人気連載で、私は購入すると真っ先に読んだ。斎藤文彦『テイキング・バンプ』はその連載の初期原稿をまとめたコラム集である。今では珍しくなくなったが、1994年の刊行当時はプロレスラーの素顔を伝える本...
杉江の読書 市川憂人『ジェリーフィッシュは凍らない』(東京創元社)
第26回鮎川哲也賞受賞作『ジェリーフィッシュは凍らない』の帯に「21世紀の『そして誰もいなくなった』登場!」とあり、気になって読み始めた。受賞者の市川憂人は東京大学新月お茶の会出身者である。「ジェリーフィッシュ=クラゲ」とは、作中に登場する飛行船の愛称である。飛行船の運用が常態化した、別の歴史中の事件なのである。作中の時代は1980年代に設定されている。こ...
杉江の読書 京極夏彦『虚実妖怪百物語 序』(角川書店)
京極夏彦は近世と近現代がいかに連続していて、いかに断絶しているかを明らかにしようとしている作家だ。近世文学の再現や柳田國男『遠野物語』の整理と再構成などの仕事に作家としての意図は明らかであるが、水木しげる研究こそはその根幹をなすものである。水木という欠片を嵌め込むことで、いかに近世と現代とが接続しうるかを京極は示した。 10月22日から3週間連続で序...
杉江の読書 大崎梢『よっつ屋根の下』(光文社)
大崎梢『よっつ屋根の下』は、家族の小説であり、家族の時間の小説である。 東京都の閑静な住宅街である白金で、平山家の四人は穏やかに暮らしていた。その日々が突然終わりを迎えたのである。平山滋は千葉県銚子市への転勤を命じられる。明らかな左遷である。それは妻である華奈にとっては受け入れられないことだった。長男の史彰、長女の麻莉香には私立校受験の準備もさせてい...
小説の問題 「グーグーだってペコペコである」津村記久子と森見登美彦と小林信彦
「問題小説」連載の原稿を発掘する「小説の問題」、今回は2008年10月号だ。 雑誌の切り抜きをぱらぱらめくってこのタイトルを発見したときは、思わず笑ってしまった。なんだこれ。元ネタは有名な漫画のあれだろう。フィクションを三冊紹介するときに、統一テーマとかではなく部分に注目してみようと思いついた回、のはずである。 この三冊をとりあげた、という時...
密林さんといっしょ(その2)
先週末から今週中盤にかけては、来たる「博麗神社秋季例大祭」合わせの同人誌制作で現実世界から脱落しておりました。みなさん、いかがお過ごしでしたでしょうか。 そんな中、この「密林さんといっしょ」のための読書もちびちびとやっていたのである。普段は関心を持たない本をネット書店の検索機能を使って手に取り、読書の幅を広げようというこの企画、詳細は第一回の原稿を参照...