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杉江の読書 アンドレ・ド・ロルド『ロルドの恐怖劇場』(平岡敦訳/ちくま文庫)
机の上はきちんと整理整頓されている。置かれているのは、劇薬入りのビーカーに、メスや剪刀。しかし、安定が悪い。机の脚がぐらぐらしているのだ。ちょっときっかけを与えるだけで、それらは動き出す。机の前に座るあなたを目がけ、降り注いでくるだろう。 アンドレ・ド・ロルド『ロルドの恐怖劇場』はまさしくそうした小説集である。20世紀初頭のパリでは凄惨と言うしかない恐...
杉江の読書 松井今朝子『料理通異聞』(幻冬舎)
五感のすべてが、おいしい、おいしい、と喜んでいる。 松井今朝子『料理通異聞』を読んだからだ。ふうん、料理の時代小説ね、と軽い気持ちで手に取ったら止まらなくなって一気に読了してしまったのである。 物語は天明2(1872)年に始まる。主人公の善四郎は浅草新鳥越町に暖簾を出している、福田屋という料理屋の長男だ。福田屋の前身は八百屋で、今でも精進料理を...
杉江の読書 今柊二『餃子バンザイ!』(本の雑誌社)
餃子食いには二種類いる。違いは、餃子をおかずとしてご飯を食べるか否かである。定食評論家の今柊二は、実家が「ご飯食べない派」だったため長らく餃子をおかずにすることができなかったそうだ。実家の慣例が後の習慣に影響を与えるのも餃子という食べ物の特徴だろう。私も家で餃子を包んで食べた体験があまりに幸せだったため、今でもその大きさのものを好む。一口サイズや、ジャンボ...
杉江の読書 木下昌輝『戦国24時 さいごの刻』(光文社)
主人公の最期をクライマックスに据えると予告し、溯ってそこに至る筋道を綴る。 サスペンス小説としてはそれほど珍しくないが、それを時代小説の連作短編で行ったという点に新味がある。木下昌輝『戦国24時 さいごの刻』はそうした作品だ。 収録作は六篇、巻頭の「お拾い様」で死へのカウントダウンを数えられるのは、豊臣秀吉の遺児・秀頼である。二回にわたる徳川勢...
杉江の読書 天龍源一郎『完本・天龍源一郎 LIVE FOR TODAY いまを生きる』(竹書房)
誰が呼んだか「北向き天龍」。 大相撲で前頭筆頭まで昇り詰めたのちプロレス界に転じ、馬場・全日本での三冠ヘビー級王座戴冠をはじめとする数々の輝かしい戦績を残した、天龍源一郎が奉られた仇名だ。「北向き」とはへそ曲り、変わった性格のことを言う隠語である。 このたび刊行された自伝『完本・天龍源一郎』を読んで、北向きゆえの魅力に改めて気づかされた。斜に構...
杉江の読書 玉袋筋太郎+プロレス伝説継承委員会『抱腹絶倒プロレス取調室』(毎日新聞出版)
藤原(喜明) あのね、これはハッキリ言っとくけど、俺のほうから「俺はアイツの師匠だ」と言うことはないから。俺は教えたつもりでも、教えられたほうがそう思ってなかったら師弟じゃないんだよ。師匠と弟子というのは、弟子のほうが決めるものなんだよ。 藤原喜明が師・アントニオ猪木を語り、グレート小鹿が馬場の「兵隊」時代を振り返り、将軍KYワカマツが国際プロレスの...
杉江の読書 法月綸太郎『挑戦者たち』(新潮社)
――古典的な探偵小説に見られる「読者への挑戦」が、作中でいかなるポジションを占めるかによっては長年論争が続いている。[……] 法月綸太郎『挑戦者たち』の「46 分類マニア」はこのような書き出しで始まる。それ以下の文章では「挑戦状」が含まれるのは問題編か解決編かという4つの学説が提示されるのだ。そうした議論がどこかで実際に行われている可能性はあるが、記...
杉江の読書 リング・ラードナー『アリバイ・アイク』(加島祥造訳/新潮文庫)
――わしという人間は喋りはじめたら止らんから困る、とかあさんは言うんだがね。 こんな書き出しで「金婚旅行」という短篇は始まる。題名が示すとおり、記念年の旅行に出かけた夫婦が見聞した出来事を、猛烈な勢いで話し続ける老人の一人称で綴った一篇だ。リング・ラードナー傑作選である『アリバイ・アイク』の収録作だが、「止めどないおしゃべり」ほどこの作者の資質を的確...
杉江の読書・『イーヴリン・ウォー傑作短篇集』(高儀進訳/白水社)
イーヴリン・ウォーの短篇で最初に読んだのは「ミステリマガジン」に訳載されたTactical Exerciseではないかと思う。第二次世界大戦によって人生を狂わされた男の話で、戦前に持っていたすべてのものを失ったジョンは、次第に妻・エリザベスへの憎悪を募らせていく。夫と妻の犯罪を描いた作品は他にいくらでもあるが、この小説を唯一無二のものにしているのはその特殊...
杉江の読書・ディーノ・ブッツァーティ『古森の秘密』(長野徹訳/東宣出版)
イタリア史において1925年は、ベニート・ムッソリニーニが国家統領に就任した年として記憶される。ディーノ・ブッツァーティはそのイタリアで生まれて1927年に作家デビュー、1935年に初期の代表作『古森の秘密』(長野徹訳/東宣出版)を発表した。物語はムッソリーニの独裁が完成した1925年の春に始まる。退役軍人セバスティアーノ・プローコロ大佐が、叔父アントニーオ...