幽の書評
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幽の書評VOL.30(終) ジョージ・ソーンダーズ『リンカーンとさまよえる霊魂たち』、ヘレン・マクロイ『牧神の影』、ミック・ジャクソン『こうしてイギリスから熊がいなくなりました』
死者の声なき声が生者を包みこみ、心を揺り動かす 南北戦争のさなかである一八六二年二月、エイブラハム・リンカーンは最愛の息子ウィリーを喪った。わずか十一年でこの世を去った長男の思い出に浸るため、大統領は納骨堂を訪れる。彼は気づかなかったが、その様子を見つめる者たちがいた。ウィリーの先住者、肉体は失ったものの地上から去ることのできない、幽霊たちであ...
幽の書評VOL.29 ジェームズ・ロバートソン『ギデオン・マック師の数奇な生涯』、ディーノ・ブッツァーティ『魔法にかかった男』、エドワード・ケアリー『肺都』
現実と幻想の境界線を容易に飛び越える 不審死した牧師が生の最後にしたためた長大な遺書が刊行され、その出版に至った経緯が序文として付された。ジェームズ・ロバートソン『ギデオン・マック牧師の数奇な生涯』は、そんな手記文学の定型を持った小説である。序文で「数奇な生涯」なるもののあらましが語られる。くだんの牧師は〈黒の顎門〉として知られる渓谷で滝壺に落...
幽の書評VOL.28 エーネ・リール『樹脂』、フランシス・ハーディング『嘘の木』、パク・ミンギュ『ピンポン』
少年少女の奇妙な夢を載せて物語の翼は羽ばたく 深夜の街に一人のこどもがやってくる。住人が静かに寝息を立てている家に忍び込み、そっと物を持ち出していく。あまりに滑らかなので小さな盗みに気づく者は誰もいない。 『樹脂』の作者エーネ・リーは、北欧の取り替え子を連想させる、現実離れした主人公の肖像を冒頭でまず描いてみせる。まるで妖精のよう...
幽の書評vol.27 イバン・レピラ『深い穴に落ちてしまった』、オリン・グレイ&シルヴィア・モレーノ=ガルシア編『FUNGI 菌類小説選集 第1コロニー』、中村融編『夜の夢見の川 12の奇妙な物語』
「奇妙な味」を読むのは他人の心を覗くのと同義なのだ。 「とうて出られそうにないな。でも、絶対に出てやろう」 そんな不思議な呟きから始まるのがスペインの作家イバン・レピラの寓話小説『深い穴に落ちてしまった』である。題名が内容を言い尽くしているのだが、これはどことも知れない森の中で、深さ七メートルもあろうかという逆ピラミッド状の穴に落ちてしま...
幽の書評VOL.26 ステファン・グラビンスキ『狂気の巡礼』、ロアルド・ダール『飛行士たちの話』、ハニヤ・ヤナギハラ『森の人々』
小説を読むうちに誰かの心の中に迷い込んでしまうのだ 二〇一五年に刊行された『動きの悪魔』は、収録作の題材が鉄道とその周辺の物事に絞られているという点で稀有な作品集だった。その作者のステファン・グラビンスキが第二作品集『狂気の巡礼』で再度のお目見えとなる。グラビンスキは同時代の表現者たちとは交流せず、自分の世界の内奥を覗くことに徹し続けたという。...
幽の書評vol.25 ゾラン・ジヴコヴィッチ『12人の蒐集家/ティーショップ』・ジョイス・キャロル・オーツ『邪眼 うまくいかない愛をめぐる四つの中篇』
ものに固執して周りが見えなくなった人のいかに滑稽であることか 人が惑乱する様子を「ものぐるおしい」と表現する。ここで言う「もの」とは必ずしも器物のことを指すわけではないが、何かの対象に心が囚われるさまを狂気と呼ぶ、と語義を理解すると不思議にしっくりくる。それが五感で世界を認知して生きる人の宿命なのだ。 旧ユーゴスラヴィア・ベオグラード出身...
幽の書評vol.24 澤村伊智『ぼぎわんが、来る』・飴村行『ジムグリ』・吉村萬壱『虚ろまんてぃっく』
第二十二回日本ホラー小説大賞は澤村伊智『ぼぎわんが、来る』に授けられた。単行本収載の選評によれば満場一致の高評価だったようだ。一読納得、たしかに凄い作品である。 田原秀樹の身辺に不穏な影が迫り始める。彼を会社に訪ねてきた怪しい人物は「チサ」という言葉を口にしたという。それは間もなく誕生予定の、彼の娘の名前を指していた。伝言を預かった後輩社員は謎...
幽の書評vol.23 小野不由美『営繕かるかや怪奇譚』・藤谷治『茅原家の兄妹』・大河内常平『九十九本の妖刀』
理に合わないものを理の中に回収せんとする欲求を人間は持っている。怪を文章にして表す行為はその典型だ。それゆえ怪談小説には、不合理であった元の対象物をどの程度不合理なままに残しておけるか、という問題が常に付随する。小野不由美『営繕かるかや怪異譚』は、その理想形の一つを実践した作品といえるだろう。 〈家〉で起きた六つの異変を描く連作集である...
幽の書評VOL.22 雪富千晶紀『死と呪いの島で、僕らは』
モダンホラーの伝統に加わる期待の新人 本州から離れること二百三十キロメートル、伊豆諸島の東端に須栄島はある。その浜に一隻の廃船が漂着したことがすべての発端となった。船は一九八八年にカリブ島西沖で消息を絶った米国籍の〈シー・アクイラ号〉だと判明する。しかし一旦は沈没した形跡のある船がどうして太平洋の小島に流れ着くことになったのか、原因はま...
幽の書評vol.21 京極夏彦『書楼弔堂 破暁』
見えないものを人は語ることができるのか 病の療養という名目で勤めを辞め、高遠は廃れ者のように無為な暮らしを送っていた。そんなある日、彼は奇妙な本屋の噂を聞き、足を踏み入れることになる。明治の御世ではもはや見掛けることもなくなった街燈台の如き、極めて風変わりな外観の店である。新参の客を迎えた小童は、書楼弔堂であると店の名を告げた。店の主は、本は墓...