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小説の問題vol.28 「やさしいことって難しい」佐藤多佳子『しゃべれどもしゃべれども』・山口雅也『続・垂里冴子のお見合いと推理』
最近で最も興奮した出来事は、劇団水族館というところの公演を観に行ったことだった(注:2000年)。公演といっても、いわゆる小屋掛け芝居である。こういう演劇を観るのは、今は亡き渋谷ジァン・ジァンで寺山修司「毛皮のマリー」を観て以来だから、おそろしく久しぶりのことだった。 そんな演劇素人の私が言うのもなんだが、この「廃墟のディアスポ...
芸人本書く派列伝returns vol.21 レツゴー正児『三角あたまのにぎりめし』
一つの家から二人以上芸の道に入る者が出るというのは大変なことである。 若いうちはなんとも思わなかったが、いざ自分が親の立場になり、目の前にまもなく成人を迎えようという子供がいるとさすがに思うところがある。といっても歌舞伎は世襲が基本であるし、五代目古今亭志ん生の長男が十代目金原亭馬生になり、次男が三代目古今亭志ん朝になった、などというのは初めか...
小説の問題vol.27 「「私」を遠く離れて」宮本昌孝『剣豪将軍義輝』&逢坂剛『禿鷹の夜』
今回はちと、偏屈に。 小林よしのり『「個と公」論』が刊行されたが、一昔前であればこの題名は『「私と公」論』とされたはずである。「公」の対立概念が「個」と考えられるようになったのは、ごく最近のことだ。 「私」の古字は「厶」である。曲がった形を書いて、自分のためにのみ図り考えることをあらわすというが、「わたくし」とは「よこしま」なことを指した...
小説の問題vol.26 「人生の暗黒面の描きかた」池井戸潤『架空通貨』&池波正太郎『江戸の暗黒街』
私は大学で文学部に在籍していたのだが、よくわからない妙な研究を続けていた。他人に「専攻は?」と尋ねられると、 「できますものは、歴史学、日本文学、倫理学、宗教学、西洋哲学、民俗学、経済学、……のようなもので」 と、まるで落語「居酒屋」の小僧さんのような答え方をするのだが、相手は目を白黒させ、聞いてはいけないことを聞いたかのような顔をしてど...
小説の問題vol.25 「湯豆腐にこめられた思い」里美真三『賢者の食欲』&北村薫『冬のオペラ』
今月ご紹介する『賢者の食欲』は、九七年から九九年まで「諸君!」に連載された「食」に関する好エッセイである。 著者の里見真三は、身の丈に合った飲食の楽しみを“B級グルメ”として提唱する「食」の趣味人である。実際に店で供される料理の皿を原寸大写真で紹介する『ベストオブ丼』『すし』『蕎麦』のシリーズを読まれた方もあるいは多いだろう。また、『す...
小説の問題vol.24 「信濃の山から生まれ、山に帰る小説」津本陽『真田任侠記』&出久根達郎『紙の爆弾』
険しい山肌に囲まれた摺り鉢の底のような河原。藍碧の空の下、二人の男たちが腰を下ろして会話を交わしている。 誰あろう、信州上田城主真田昌幸の家来、猿飛佐助と霧隠才蔵である。主君昌幸は、今まさに出陣せんというところ。相手は名将徳川家康の軍勢七千余騎。兵数わずか二千の真田勢にとっては一大事である。しかし-- 「徳川の奴輩は平地のはたらきをい...
小説の問題vol.23 「お父さんとパンジー」志水辰夫『きみ去りしのち』&船戸与一『龍神町龍神十三番地』
今月も新刊と再刊各一冊を採り上げるが、共通項は「お父さんとパンジー」だ。なんだ「パンジー」って?という疑問もあるだろうが、それは最後のお楽しみ。 まず最初、志水辰夫『きみ去りしのち』は九五年に刊行された短編集の文庫化作品。スタンダート・ナンバーで統一された題名が告げるとおり、旧き良き時代への郷愁が全編に漂っている。 表題作の主人公...
小説の問題vol.22 「三島由紀夫と京極夏彦 昭和と平成の天神」徳岡孝夫『五衰の人』&京極夏彦『百鬼徒然袋 雨』
「問題小説」に連載していた書評、「ブックステージ」は1年弱経過した時点で増ページとなり、新刊と文庫・新書化作品を一冊ずつ扱う形式に変わった。サブタイトルをつけるようになったのもこのときからだ。 それはいいのだが、増ページということを意識してか、この回は肩に力が入り過ぎてしまっている。恥ずかしいったらありゃしないので欠番にすることも考えた。しかし、若気の...
芸人本書く派列伝returns vol.20 春風亭一之輔『いちのすけのまくら』
いきなり私事で恐縮だが、二〇一七年十二月一杯で新宿五丁目で営業していたCAFE LIVE WIREは閉店した。といっても姉妹店のHIGH VOLTAGE CAFEというのがすぐそばにあり、トークライブなどはそちらで継続している。昨日も漫画家の田中圭一氏と、『軽井沢シンドローム』のたがみよしひさ氏について語るイベントをやったばかりである。閉店したCAF...
小説の問題vol.21 藤原伊織『てのひらの闇』
あまり大きな声では言えないが、私も実は昼間会社勤めをしている人間だ。常識よりも社是が優先される会社組織の中で、自我を崩壊させずに生き抜く難しさは、重々承知している。自分を偽るのではなく、第二の自分という人格を作ることが、会社社会を生き抜くための秘訣だろう。藤原伊織『てのひらの闇』は、そうやって懸命に「会社人間としての私」を演じている人にこそ読んでほし...