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小説の問題VOL.11 佐野洋『内気な拾得者』
ミステリーが成立するためにはまず初めに事件の影が必要だが、事件という素材だけを放置しても旨いミステリーに化けるはずがない。そのためにはいかに技巧が必要であるか、ということを学ぶ好教材として、今月は佐野洋の短篇集をお薦めする。『内気な拾得者』は、佐野洋が「オール讀物」誌上で続けている連作の短篇集であり、すでに第一弾として『北東西南推理館』(文藝春秋)が...
小説の問題VOL.10 北森鴻『花の下にて春死なむ』
「安楽椅子探偵」という言葉の意味は、ちょっとしたミステリーマニアならばすぐおわかりになるだろう。事件の模様を聞き、実際現場に赴かずに純粋に思索だけで事の真相をつきとめる探偵のことである。別にそういった探偵の全員が安楽椅子に座っているわけではないのだが、何となく椅子に深々と腰掛けて推理を巡らせている探偵のイメージが「安楽椅子探偵」という言葉に結語したも...
芸人本書く派列伝returns vol.19 小松政夫『のぼせもんやけん』『目立たず隠れずそおーっとやって20年』ほか
(承前) 芸人のおもしろいエピソードを寄席のほうでは「ひとつばなし」と言う。楽屋話、ネタ、などいろいろな言い方はあるだろうが、要するに芸人が他の芸人を笑わせるために話すようなもののことである。小松政夫には数々のフレーズがあるが、それらの出所も楽屋のおしゃべりから生まれたものが多いようだ。前回紹介した『昭和と師弟愛』(KADOKAWA)に、彼が「...
芸人本書く派列伝returns vol.18 小松政夫『時代とフザケた男 エノケンからAKB48までを笑わせ続ける喜劇人』『師匠と師弟愛 植木等と歩いた43年』
この原稿は2017年10月10日発行の「水道橋博士のメルマ旬報」のために書いたものである。「休載のお詫び」原稿なのだが、お読みいただくとわかるとおり、小松政夫の著書に詳しく降れており、次回の原稿に続く内容になっている。お詫びの再録というのも変な話だが、例外的に次回原稿と共に載せておくことにする。 ============================...
小説の問題VOL.9 宮部みゆき『クロスファイア』
小説家の本歌取りというのは、決して珍しいことではない。志水辰夫がギャビン・ライアル『深夜プラス1』(ハヤカワ・ミステリ文庫)を換骨奪胎して傑作『深夜ふたたび』(徳間文庫)を書いた例のように、優れた先達の作品世界の上にどれほどのオリジナルが構築できるか、という試みは創作上一つの重要な実験テーマである。 宮部みゆきがスティーブン・キングのファンであ...
小説の問題vol.8 和田はつ子『かくし念仏』
今年の乱歩賞は池井戸潤『果てる底なき』と福井敏晴『Twelve.Y.O』の同時受賞となった。過去三組ある同時受賞の例でも、佐賀潜と戸川昌子など同期同士互いに切磋琢磨しあうことにより作家として大成した例が多く、今後の成長が楽しみな二人なのである。はっきり行って受賞作は未だ発展途上という印象であったが。 ところで、過去の乱歩賞受賞者中最も異彩を放つ...
小説の問題vol.8 逢坂剛『燃える地の果てに』
テポドン一号が発射され三陸沖洋上に落ちたことが報道されたとき、誰もが脳裏に核戦争の恐怖を思い浮かべたに違いない。あまりに拡散して核の傘自体は見えなくなったが、その脅威は今でも消えたわけではないのだ。 ところで、今から三十年以上も前の一九六六年にスペインで米軍機が事故のため墜落した事件があったことをご存じだろうか?その機内には水爆が積載されていた...
小説の問題vol.7 多島斗志之『海賊モア船長の遍歴』
かつて、ファミコン以前の時代においては、家庭で簡単にできる冒険とは読書に他ならなかった。今やTV画面の中で、簡単に勇者たちの冒険を追体験できるとはいえ、所詮は十四インチ分程度の冒険だ。今でも小説の扉を開けば、無限のイメージ世界が待っている。物語の再生産により無数の複製を産み出した結果、もはや読書から新鮮な感動は失われた、そんな風にニヒリズムを決めこむ...
芸人本書く派列伝returns vol.18 藤村忠寿・嬉野雅通『腹を割って話した』ほか
まだ北海道テレビ制作の番組「水曜どうでしょう」についてあれこれ考え続けている。 前回のこの欄であの番組について「非日常を圧倒する日常」が魅力の源泉なのではないか、と書いた。それは私にとって重要なキーワードでもある。何が起きても日常に回帰していくという安心感、特別なことのない、普通の生活がダメージを受け止められてくれることの心地よさを知らしめるこ...
小説の問題vol.6 香納諒一『幻の女』
弁護士の栖本には、かつて仕事上の挫折から自暴自棄となり、職も家族も投げ棄ててしまった苦い過去があり、今は漫然と仕事をこなすだけの無気力な日々を送っていた。その栖本がまだ家庭を持っていた頃、妻以外に愛した女がいた。不思議と自分のことを語ることが少なかった女、瞭子。だが彼女はある日突然栖本の前から姿を消した。まるでそれまでの日々を否定するかのようにあっけ...