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小説の問題vol.5 藤木凛『ハーメルンに哭く笛』
浅草・吉原の花魁弁財天の境内にある「触れずの銀杏」には、神隠しの因縁が伝えられていた。昭和九年、早朝。その銀杏の根元で老人の惨殺死体が発見される。奇妙なことに、その老人こそ数十年前同じ場所で神隠しにあった少年の係累に当たる者だった……。 藤木稟の処女長編『陀吉尼の紡ぐ糸』はこんな情景で幕を開ける物語である。昭和初期の軍国主義の時代を時間軸に、そ...
小説の問題vol.4 船戸与一『流沙の塔』
今回は他に取り上げたい本もあったが、ぎりぎりで船戸与一『流沙の塔』が間に合ってしまった。船戸があるときは船戸を読め、の格言通り、となれば『流沙の塔』を取り上げざるをえないだろう。 物語の始まりは横浜だ。客家(中国南部を中心に勢力を持つ漢民族の一派)の実力者・張龍全の義理の息子、海津明彦は在日客家のトラブルシューターを生業としていた。ある日明彦は...
小説の問題vol.3 ドナルド・E・ウエストレイク『逃げ出した秘宝』
最近、金に困った主人公の小説というものを、見なくなったと思う。高村薫の『レディ・ジョーカー』などその典型だ。いったいあの主人公たちはどうやって口に糊しているのだろうか。そう疑問を感じるくらい、彼らの金に対する執着は希薄である。むろんこれは作品のテーマには直接関係ない話なので、こだわられても高村薫は迷惑だろうと思うが、あれだけの大犯罪を描きながら、作品...
小説の問題vol.2 柴田よしき『月神の浅き夢』
今は亡き「問題小説」連載書評のお蔵出し。今回は1998年4月号からです。 柴田よしきは今年(注:1998年)絶対にブレイクする作家である。新作「月神の浅き夢」は警察ミステリーの傑作として間違いなく彼女の代表作となるだろう。 月島署の刑事村上緑子は連続殺人事件の捜査本部に参加を要請され、警視庁に招かれる。彼女にはスキャンダルのために本庁から...
小説の問題vol.1 梁石日『血と骨』
杉江松恋、お蔵出しシリーズの第三段は、誌名が変わり「読楽」になったかつての中間小説誌「問題小説」に十年以上連載していた書評を再掲していきたいと思う。確認したら、第一回はなんと1998年だから20年以上も前だった。今読み返すと稚拙で恥ずかしい部分もある文章だが、推敲は最小限に留めてお出しする。ああ、へたくそな書評だなあ。 98年はのっけか...
芸人本書く派列伝returns vol.18 嬉野雅道『ぬかよろこび』ほか
あれはたぶん2011年ごろのことではないかと思う。 何の気なしにテレビを点けたら、画面に二台の原付バイクが映し出された。カメラは固定でその二台を追うだけだったが、音声は流れてきていて、どうやらバイクに乗っている二人か、もしくは画面には映っていない誰かとが会話をしているらしいことがわかった。誰が誰なのかはわからない。時折、地の底から響くような声で...
幽の書評VOL.30(終) ジョージ・ソーンダーズ『リンカーンとさまよえる霊魂たち』、ヘレン・マクロイ『牧神の影』、ミック・ジャクソン『こうしてイギリスから熊がいなくなりました』
死者の声なき声が生者を包みこみ、心を揺り動かす 南北戦争のさなかである一八六二年二月、エイブラハム・リンカーンは最愛の息子ウィリーを喪った。わずか十一年でこの世を去った長男の思い出に浸るため、大統領は納骨堂を訪れる。彼は気づかなかったが、その様子を見つめる者たちがいた。ウィリーの先住者、肉体は失ったものの地上から去ることのできない、幽霊たちであ...
幽の書評VOL.29 ジェームズ・ロバートソン『ギデオン・マック師の数奇な生涯』、ディーノ・ブッツァーティ『魔法にかかった男』、エドワード・ケアリー『肺都』
現実と幻想の境界線を容易に飛び越える 不審死した牧師が生の最後にしたためた長大な遺書が刊行され、その出版に至った経緯が序文として付された。ジェームズ・ロバートソン『ギデオン・マック牧師の数奇な生涯』は、そんな手記文学の定型を持った小説である。序文で「数奇な生涯」なるもののあらましが語られる。くだんの牧師は〈黒の顎門〉として知られる渓谷で滝壺に落...
幽の書評VOL.28 エーネ・リール『樹脂』、フランシス・ハーディング『嘘の木』、パク・ミンギュ『ピンポン』
少年少女の奇妙な夢を載せて物語の翼は羽ばたく 深夜の街に一人のこどもがやってくる。住人が静かに寝息を立てている家に忍び込み、そっと物を持ち出していく。あまりに滑らかなので小さな盗みに気づく者は誰もいない。 『樹脂』の作者エーネ・リーは、北欧の取り替え子を連想させる、現実離れした主人公の肖像を冒頭でまず描いてみせる。まるで妖精のよう...
幽の書評vol.27 イバン・レピラ『深い穴に落ちてしまった』、オリン・グレイ&シルヴィア・モレーノ=ガルシア編『FUNGI 菌類小説選集 第1コロニー』、中村融編『夜の夢見の川 12の奇妙な物語』
「奇妙な味」を読むのは他人の心を覗くのと同義なのだ。 「とうて出られそうにないな。でも、絶対に出てやろう」 そんな不思議な呟きから始まるのがスペインの作家イバン・レピラの寓話小説『深い穴に落ちてしまった』である。題名が内容を言い尽くしているのだが、これはどことも知れない森の中で、深さ七メートルもあろうかという逆ピラミッド状の穴に落ちてしま...