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幽の書評VOL.26 ステファン・グラビンスキ『狂気の巡礼』、ロアルド・ダール『飛行士たちの話』、ハニヤ・ヤナギハラ『森の人々』
小説を読むうちに誰かの心の中に迷い込んでしまうのだ 二〇一五年に刊行された『動きの悪魔』は、収録作の題材が鉄道とその周辺の物事に絞られているという点で稀有な作品集だった。その作者のステファン・グラビンスキが第二作品集『狂気の巡礼』で再度のお目見えとなる。グラビンスキは同時代の表現者たちとは交流せず、自分の世界の内奥を覗くことに徹し続けたという。...
幽の書評vol.25 ゾラン・ジヴコヴィッチ『12人の蒐集家/ティーショップ』・ジョイス・キャロル・オーツ『邪眼 うまくいかない愛をめぐる四つの中篇』
ものに固執して周りが見えなくなった人のいかに滑稽であることか 人が惑乱する様子を「ものぐるおしい」と表現する。ここで言う「もの」とは必ずしも器物のことを指すわけではないが、何かの対象に心が囚われるさまを狂気と呼ぶ、と語義を理解すると不思議にしっくりくる。それが五感で世界を認知して生きる人の宿命なのだ。 旧ユーゴスラヴィア・ベオグラード出身...
芸人本書く派列伝returns vol.17 筏丸けいこ『人間ポンプ ひょいとでてきたカワリダマ 園部志郎の俺の場合は内臓だから』
半径のごく小さなメモワールから始めることをお許しいただきたい。 幼い頃、東京都西部の府中市に住んでいた。お宮参りはその府中市にある大國魂神社なので、今でも気分としては同社の氏子である。大國魂神社のくらやみ祭りは関東三大奇祭の一つと呼ばれていて、日没後に神輿と山車が出る。昔は街灯を消して、文字通り暗闇で神事を行ったそうで、そのためかずいぶ...
幽の書評vol.24 澤村伊智『ぼぎわんが、来る』・飴村行『ジムグリ』・吉村萬壱『虚ろまんてぃっく』
第二十二回日本ホラー小説大賞は澤村伊智『ぼぎわんが、来る』に授けられた。単行本収載の選評によれば満場一致の高評価だったようだ。一読納得、たしかに凄い作品である。 田原秀樹の身辺に不穏な影が迫り始める。彼を会社に訪ねてきた怪しい人物は「チサ」という言葉を口にしたという。それは間もなく誕生予定の、彼の娘の名前を指していた。伝言を預かった後輩社員は謎...
幽の書評vol.23 小野不由美『営繕かるかや怪奇譚』・藤谷治『茅原家の兄妹』・大河内常平『九十九本の妖刀』
理に合わないものを理の中に回収せんとする欲求を人間は持っている。怪を文章にして表す行為はその典型だ。それゆえ怪談小説には、不合理であった元の対象物をどの程度不合理なままに残しておけるか、という問題が常に付随する。小野不由美『営繕かるかや怪異譚』は、その理想形の一つを実践した作品といえるだろう。 〈家〉で起きた六つの異変を描く連作集である...
幽の書評VOL.22 雪富千晶紀『死と呪いの島で、僕らは』
モダンホラーの伝統に加わる期待の新人 本州から離れること二百三十キロメートル、伊豆諸島の東端に須栄島はある。その浜に一隻の廃船が漂着したことがすべての発端となった。船は一九八八年にカリブ島西沖で消息を絶った米国籍の〈シー・アクイラ号〉だと判明する。しかし一旦は沈没した形跡のある船がどうして太平洋の小島に流れ着くことになったのか、原因はま...
幽の書評vol.21 京極夏彦『書楼弔堂 破暁』
見えないものを人は語ることができるのか 病の療養という名目で勤めを辞め、高遠は廃れ者のように無為な暮らしを送っていた。そんなある日、彼は奇妙な本屋の噂を聞き、足を踏み入れることになる。明治の御世ではもはや見掛けることもなくなった街燈台の如き、極めて風変わりな外観の店である。新参の客を迎えた小童は、書楼弔堂であると店の名を告げた。店の主は、本は墓...
幽の書評vol.20 藤野可織『おはなしして子ちゃん』
可愛らしいけど口に入れたくないドロップたち そのクラスには、小川さんという女の子がいた。少し太っていて、足が遅くて、地味な色の服ばかり着て、漫画やアニメや流行歌手の知識がいっさいなくて、みんなと違う長方形をした真っ白な消しゴムを使っている女の子が。「だから」私たちは毎日彼女の消しゴムを隠したり捨てたりするようになる――(表題作)。 藤野可...
幽の書評vol.19 飯沢耕太郎『ザンジバル・ゴースト・ストーリーズ』
これはザンジバル版『遠野物語』なのか ザンジバルを訪れていた旅行者が、夜の公園の一角で黒いヴェールの女と出くわした。こんな夜中に出歩く女ならば気軽に誘えるだろう、という不埒な思惑で男は女に声をかけた。案の定すぐに承諾したが、いささか身繕いに時間を要するという。再び姿を現したとき、その姿はとてつもない変化を遂げていた――。 飯沢耕太郎『ザン...
芸人本書く派列伝returns vol.16 秋山訓子『女子プロレスラー小畑千代 闘う女の戦後史』・小林信彦『おかしな男 渥美清』
今回は新刊で芸人本を読むのが間に合わなかったので番外編です。ご勘弁を。 ご存じの方もいらっしゃるかもしれないが、私は書評家の藤田香織さんとの共著で『東海道でしょう!』(幻冬舎文庫)という本を出している。東海道五十三次495kmを実際に歩いてみたルポルータジュだ。数年前の著書なのだが、最近になってこの本に絡んだ講演をしてほしいという依頼が...