小説の問題vol.25 「湯豆腐にこめられた思い」里美真三『賢者の食欲』&北村薫『冬のオペラ』
今月ご紹介する『賢者の食欲』は、九七年から九九年まで「諸君!」に連載された「食」に関する好エッセイである。 著者の里見真三は、身の丈に合った飲食の楽しみを“B級グルメ”として提唱する「食」の趣味人である。実際に店で供される料理の皿を原寸大写真で紹介する『ベストオブ丼』『すし』『蕎麦』のシリーズを読まれた方もあるいは多いだろう。また、『す...
小説の問題vol.24 「信濃の山から生まれ、山に帰る小説」津本陽『真田任侠記』&出久根達郎『紙の爆弾』
険しい山肌に囲まれた摺り鉢の底のような河原。藍碧の空の下、二人の男たちが腰を下ろして会話を交わしている。 誰あろう、信州上田城主真田昌幸の家来、猿飛佐助と霧隠才蔵である。主君昌幸は、今まさに出陣せんというところ。相手は名将徳川家康の軍勢七千余騎。兵数わずか二千の真田勢にとっては一大事である。しかし-- 「徳川の奴輩は平地のはたらきをい...
街てくてく~古本屋と銭湯、ときどきビール 2019年3月静岡行・その11 静岡「安川書店」「ブックスランド馬場町店」「あべの古書店」
東海道歩きの模様は別に書くとして。 金谷から掛川まで約15kmを踏破し、各駅停車で再び静岡まで戻った。同じホテルに二泊しており、荷物を置きっぱなしにしていたのだ。ちょっと時間が空いたので街に出る。静岡市内の古本屋であといくつか、回らなければいけないところがあるのだ。 ■日曜日は全品20%引き、の硬派古書店 まず足を運んだのは両替町にある安川...
小説の問題vol.23 「お父さんとパンジー」志水辰夫『きみ去りしのち』&船戸与一『龍神町龍神十三番地』
今月も新刊と再刊各一冊を採り上げるが、共通項は「お父さんとパンジー」だ。なんだ「パンジー」って?という疑問もあるだろうが、それは最後のお楽しみ。 まず最初、志水辰夫『きみ去りしのち』は九五年に刊行された短編集の文庫化作品。スタンダート・ナンバーで統一された題名が告げるとおり、旧き良き時代への郷愁が全編に漂っている。 表題作の主人公...
街てくてく~古本屋と銭湯、ときどきビール 2019年3月静岡行・その10 富士「中村書店」
(承前) 熱海にて夢のような出会いがあり、ぽうっとしながら東海道線の下りに乗る。なんだったらもう帰ってしまってもいいぐらいなのだが、この日はまだ用事の続きがあるのだ。静岡に1泊し、ほぼ1年ぶりに東海道歩きに挑戦するのである。夕刻に同行者の妻と待ち合わせしているのだが、それまで時間が空いている。これはまあ、古本屋に行けという天の啓示であろう。いや...
小説の問題vol.22 「三島由紀夫と京極夏彦 昭和と平成の天神」徳岡孝夫『五衰の人』&京極夏彦『百鬼徒然袋 雨』
「問題小説」に連載していた書評、「ブックステージ」は1年弱経過した時点で増ページとなり、新刊と文庫・新書化作品を一冊ずつ扱う形式に変わった。サブタイトルをつけるようになったのもこのときからだ。 それはいいのだが、増ページということを意識してか、この回は肩に力が入り過ぎてしまっている。恥ずかしいったらありゃしないので欠番にすることも考えた。しかし、若気の...
街てくてく~古本屋と銭湯、ときどきビール 2019年3月静岡行・その9 熱海「遊我堂」
さて、またしても静岡行である。 いい加減静岡に移住してはどうか、とか、そんなに仕事が暇なのか、とかいった声が聞こえてきそうだが、仕事は暇である。いや、以前に比べれば、それはね。いいことだ。 静岡移住も、これだけ通っているとありえない話ではないのかも、と思えてくる。あまりにも頻繁に通っているので、熱海が山手線の乗り換え駅ぐらいに馴染深くなっ...
芸人本書く派列伝returns vol.20 春風亭一之輔『いちのすけのまくら』
いきなり私事で恐縮だが、二〇一七年十二月一杯で新宿五丁目で営業していたCAFE LIVE WIREは閉店した。といっても姉妹店のHIGH VOLTAGE CAFEというのがすぐそばにあり、トークライブなどはそちらで継続している。昨日も漫画家の田中圭一氏と、『軽井沢シンドローム』のたがみよしひさ氏について語るイベントをやったばかりである。閉店したCAF...
街てくてく~古本屋と銭湯、ときどきビール 2019年3月静岡行その8・焼津「港書店」
(承前) 今度はふしぎな古本屋はてなやを出たあとの話。またもやはてなやであれこれ買い物をしてしまい(ちゃんと100円均一棚を見たら、要るものがたくさんあったのだ)、店を出たら14時をまわってしまっていた。余裕があれば富士までとって返して身延線に乗ろうと思っていたのだが、ちょっと手遅れである。かといってこのまま帰ったのでは不効率もはなはだしい。戻...
小説の問題vol.21 藤原伊織『てのひらの闇』
あまり大きな声では言えないが、私も実は昼間会社勤めをしている人間だ。常識よりも社是が優先される会社組織の中で、自我を崩壊させずに生き抜く難しさは、重々承知している。自分を偽るのではなく、第二の自分という人格を作ることが、会社社会を生き抜くための秘訣だろう。藤原伊織『てのひらの闇』は、そうやって懸命に「会社人間としての私」を演じている人にこそ読んでほし...