小説の問題vol.16 中島らも『さかだち日記』
今月はちょっと趣向を変えてエッセイを取り上げたいと思う。中島らもの『さかだち日記』である。 中島らもといえば、おそらく一般的には、『明るい悩み相談室』(朝日文庫)の作者として名高いのではないかと思う。天下の朝日新聞に、「うちの父が全裸で野菜炒めを作るので困ります」といったような、かっ飛んだ相談が載っていたのだから、今にして思えば過激な連載だった...
街てくてく~古本屋と銭湯、ときどきビール 2019年3月静岡行その1 草薙・ピッポ古書クラブ
3月に入り、またあれがやってきた。 青春18きっぷの季節である。 思えば昨年までは不定期に二度目の東海道歩きを実行しており、日本橋から24宿目になる、静岡県島田市の金谷まで歩を進めていた。ところが昨年の春にちょっとした不注意がもとで入院してしまった。病気自体はすぐに治ったのだが、一時的に体力が落ちたのと、なぜかとんでもない...
芸人本書く派列伝returns vol.20 『実録・国際プロレス』
「芸人本に書いてあることはみんな嘘」という表現は、たしか立川談之助『立川流騒動記』(メディア・パル)で見たのではないか。当たっていると思う。 その世界の人間でもないのに、芸人はみんな嘘つき、などと断じるつもりは毛頭ない。そうではなくて、芸人が書いた本に単一の真実を求めること自体が無理ではないか、と言いたいのである。 たとえば東京の落語家は...
小説の問題vol.15 高見広春『バトル・ロワイアル』
「問題小説」なのだから、たまには文壇で問題になった小説を採り上げよう。そう、高見広春『バトル・ロワイヤル』である。 本書は、某社ホラー大賞の最終候補作となりながら選考委員に忌避されて落選した、という不運な来歴の作品である。これは伝聞でしかないが、中学生が互いに殺し合うという主題の残酷性が選考委員諸氏の真っ当な倫理観にはお気に召さなかったらしい。...
小説の問題vol.14 天童新太『永遠の仔』
本年三月十六日に文芸評論家の瀬戸川猛資氏が亡くなられた。ミステリー・映画に関する評論集『夜明けの睡魔』『夢想の研究』(ともに早川書房)、『シネマ古今集』(新書館)に収録されたような知性とユーモアに彩られた氏の文章がこれ以上読めないことをファンとして残念に思う。今回取り上げる天童荒太『永遠の仔』を、氏ならどのように評しただろうか。 『孤独の歌声』...
小説の問題vol.13 姉小路祐『二重逆転の殺意』
こってりとした大長篇もいいが、たまには味付けのあっさりとした佳作もいいものだ。フルコースのフランス料理ではなく、ついでにすする蕎麦みたいな小説。今回選んだ姉小路祐『二重逆転の殺意』はそんなミステリーである。もっとも舞台は大阪だから、蕎麦というよりうどんか。 姉小路祐。八九年に長篇処女作『真実の合奏』(角川書店)で第九回横溝正史賞佳作を受賞してデ...
小説の問題vol.12 沢木冬吾『愛こそすべて、と愚か者は言った』
宮部みゆきや高村薫といった実力作家を輩出した日本推理サスペンス大賞が新潮ミステリー倶楽部賞と改まってから三回目の同賞では、受賞作の他に審査員特別賞が二作出て、合計三作が刊行の運びになった。この審査員特別賞というのは受賞を逸した候補作を審査員の権限によって出版するものであり、選ばれた作品に審査員の理想が反映されていて興味深い。 今回、私が最も買う...
小説の問題VOL.11 佐野洋『内気な拾得者』
ミステリーが成立するためにはまず初めに事件の影が必要だが、事件という素材だけを放置しても旨いミステリーに化けるはずがない。そのためにはいかに技巧が必要であるか、ということを学ぶ好教材として、今月は佐野洋の短篇集をお薦めする。『内気な拾得者』は、佐野洋が「オール讀物」誌上で続けている連作の短篇集であり、すでに第一弾として『北東西南推理館』(文藝春秋)が...
小説の問題VOL.10 北森鴻『花の下にて春死なむ』
「安楽椅子探偵」という言葉の意味は、ちょっとしたミステリーマニアならばすぐおわかりになるだろう。事件の模様を聞き、実際現場に赴かずに純粋に思索だけで事の真相をつきとめる探偵のことである。別にそういった探偵の全員が安楽椅子に座っているわけではないのだが、何となく椅子に深々と腰掛けて推理を巡らせている探偵のイメージが「安楽椅子探偵」という言葉に結語したも...
芸人本書く派列伝returns vol.19 小松政夫『のぼせもんやけん』『目立たず隠れずそおーっとやって20年』ほか
(承前) 芸人のおもしろいエピソードを寄席のほうでは「ひとつばなし」と言う。楽屋話、ネタ、などいろいろな言い方はあるだろうが、要するに芸人が他の芸人を笑わせるために話すようなもののことである。小松政夫には数々のフレーズがあるが、それらの出所も楽屋のおしゃべりから生まれたものが多いようだ。前回紹介した『昭和と師弟愛』(KADOKAWA)に、彼が「...