イタリア史において1925年は、ベニート・ムッソリニーニが国家統領に就任した年として記憶される。ディーノ・ブッツァーティはそのイタリアで生まれて1927年に作家デビュー、1935年に初期の代表作『古森の秘密』(長野徹訳/東宣出版)を発表した。物語はムッソリーニの独裁が完成した1925年の春に始まる。退役軍人セバスティアーノ・プローコロ大佐が、叔父アントニーオ・モッロの土地を相続するためにやってくるのだ。序盤で描かれるのは、調和のとれた世界に力の論理で生きる者が現れたゆえの騒動である。
故・モッロの土地には、広大な古森と呼ばれる森林地帯が含まれていた。森の木々には精霊が宿るといわれ、地元の者は誰も切り倒そうとはしない。だがプローコロ大佐は因習を歯牙にもかけない。精霊による妨害をはねのけるため、封印されていた暴風マッテーオを解放し、使役しようとするのだ。大佐が行った横紙破りはこれだけではない。モッロが彼に遺した土地は一部分で、残りは甥である少年ベンヴェヌートが相続していたのである。後見人のような立場で少年を監視下に収めた大佐は、密かに彼を亡き者にしようとする。
物語には2つの軸がある。1つ目は、先に述べたように力を持った者が周囲を従えんとする流れだ。しかし古森はあまりにも広大である。独裁者である大佐、暴力の象徴であるマッテーオ、いずれの行為もしばらくの間森を騒がせはするが、やがて静寂の中に飲み込まれてしまう。もう1つは若者が自らの能力を萌芽させていく流れだ。ベンヴェヌートの成長、および大佐との世代交代が次第に物語の主軸となっていく。本書の中では人間と精霊が当たり前に会話を交わすが、ベンヴェヌートが少年から大人への過渡期にあるがゆえにそうした幻想性が保たれているのだということが後半で暗示される。旧秩序を壊す者の出現、そして未来を担う新世代の登場という、時の流れを背景にした物語なのだ。
(800字書評)