書評の・ようなもの 町中華とはなんだ・その2

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(その1)

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趣味や興味を持ったことを仕事に結びつけるのはライターの特権だ。

トロさんはそれがとても上手くて、裁判の傍聴ライターになったり、ネット古本屋を始めたり、とこれまでもいろいろなことをしてきた。季刊レポもその1つで、雑誌が売れなくなっているということに危機感を持ったトロさんが自分でやってみようとして始めたものである。あの雑誌は取次を通さずに定期購読者に直接本を送るシステムになっていたので、刷り上がると執筆者が杉並区の西荻窪にあった事務所に集まって、発送作業をやった。僕はそれほど参加できなかったのだが、作業を通じて仲良くなった人もいたし、それでなんとなくチーム意識みたいなものも生まれた。

%e6%84%9b%e3%81%ae%e5%b1%b1%e7%94%b0%e3%81%86%e3%81%a9%e3%82%93 トロさんが趣味を仕事にした例で記憶に新しいのは山田うどんのことだ。レポの主力の一人だったえのきどいちろうさんと山田うどんの話で盛り上がっていたかと思ったら、突然精力的に取材を始め、あれよあれよという間にレポで特集をやってしまった。それは単発ではなく、以降も継続して山田特集や追跡記事が載り、最終的には二人の共著で『愛の山田うどん 廻ってくれ、俺の頭上で!!』という専門書まで出してしまった。

この本がどれだけ売れたかは聞いてないのだが、ある程度の成績は残したのだと思う。続編として『みんなの山田うどん かかしの気持ちは目でわかる!』が出たからである。こちらにはなんと角田光代が世界初であろう山田うどん小説「おまえじゃなきゃだめなんだ」を寄稿している。中島みゆきが「狼になりたい」で初の吉野家歌手になったように、角田光代は山田うどん小説家になったのだ。

この山田うどんの波に僕は乗らなかった。自分も書いているレポが運動の中心地になっているのだから、ライターとしてはいっちょがみで手を挙げてもよさそうなものである。それをしなかったのは、山田うどんは「僕の町」にはなかったからだ。トロさんやえのきどさんがあの黄色いかかしに抱く気持ちをまったく僕は共有できなかった。ライターには積極性も大事だが、節度はもっと必要だ。『愛の山田うどん』という題名が示すとおり、トロさんたちは愛をもって山田うどんを扱った。僕にはその愛がない。そういう者が参加すべきではないから、手を挙げなかったのだ。その代わりに僕は二人の熱に敬意を払って、エキサイトレビュー!に『愛の山田うどん』の書評を寄稿した。

と、ここまで書いてきて我ながら不思議に思うのは、自分がなぜ町中華探検隊にも手を挙げなかったのか、ということだ。本当、なんでだったんだろう。

「町中華探検隊が行く!」のブログを見ると、知っている名前がいくつもある。『町中華とはなんだ』を読むと、レポの忘年会が入隊志望者増加のきっかけになったのだと書いてある。それなら僕も手を挙げていそうなものだ。

実際、この本には僕が町中華に対して抱いている思いに通じる記述がいくつも出てくる。たとえば、こんな文章だ。

――もう、パッと入って一度食べただけで、店の評価を下すのはやめようと思った。そういうものではないと思った。この日以来、まずいと思える店に入ると、ぼくはすごくうれしくなる。ここを動線とする住人たちは、どうしてこの店を残したのかと考える楽しみがあるからだ。(第3章。北尾トロ「業平橋御三家と動線問題」)

これは、すごくよくわかる。軽々しくまずいと言ってしまうことの恥ずかしさ、みたいなものを僕も常から感じているからだ。たしか小林信彦だと思ったが、町っ子というものはまずいものを食ったことを決して人に言わないもので、ただ黙って行かなくなるだけだ、ということを書いていて、その通りだな、と思ったものである。それが誰かの大事な町の店だったりすることを考えたら、なおさらだ。

『町中華とはなんだ』の原稿は、トロさんが全体の方向性を指し示すような内容、マグロさんがルポルタージュの形式でその店で働く人やお客さんを素描、竜超さんがさまざまな試論を立てて二人を補足、というような形で書かれている。町中華とは何か、探検隊はいかに活動していくべきか、という逡巡を描いた前半部もいいのだが、おもしろいのは「町中華というのはよくわからない、もやもやとした実態のものなんだ」と肚が決まり、その漠然とした形をなるべくありのままにとらえようとして活動するようになった後半部だと思う。

%e6%84%9b%e3%81%97%e3%81%ae%e8%a1%97%e5%a0%b4%e4%b8%ad%e8%8f%af 実はこの本よりも前に町中華について書かれた書籍はある。鈴木隆祐『愛しの街場中華 東京B級グルメ放浪記2』(光文社文庫)がそれで、扱われている店の総称こそ街場中華だが、ほぼ町中華と同義といっていい。

%e6%b1%9f%e3%81%90%e3%81%a1 また、町中華探検隊と同じことを定点観測で行った本もある。久住昌之『孤独の中華そば「江ぐち」』(牧野出版。現在は『小説中華そば「江ぐち」』と改題されて新潮OH文庫)がそれだ。江ぐちはラーメン専門店だが、家族経営に近く、飛び切りうまいわけでもない街場の店だ。そこに通い続けながら観察したことどもを久住は書いたのだが、トロさんたちは同じことを水平方向に広くやってい町るわけである。

鈴木・久住の両書を僕は楽しく読んだ。好きな本である。ならばなぜ、自分で町中華探検隊に入って同じような研究活動に勤しまなかったのだろうか。

このへんは本当にわからない。よく行くのにな、町中華。

(つづく)

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