先週末から今週中盤にかけては、来たる「博麗神社秋季例大祭」合わせの同人誌制作で現実世界から脱落しておりました。みなさん、いかがお過ごしでしたでしょうか。
そんな中、この「密林さんといっしょ」のための読書もちびちびとやっていたのである。普段は関心を持たない本をネット書店の検索機能を使って手に取り、読書の幅を広げようというこの企画、詳細は第一回の原稿を参照いただきたいが、以下にルールを箇条書きしてみた。
・密林さんにアカウントをつくり「お客様へのおすすめ」リストで上位に来た本(刊行後1年以上経った本に限定する)を近所の図書館で借りて読む。私は日常的に小説を読んでいるので、なるべくそれ以外の本を選ぶ。
・借りたら「お客様へのおすすめ」リストにチェックを入れる。私の場合、よほどのことがない場合は「持っています/星5つ」にする。
・借りた本は可能な限り読んで、感想を書く。読めなかったら読めなかったと書く。その本が図書館で借りるだけでいい本か、自分の手元に置いておきたくなったかも考える。
・【新規】リストで本を決めるときは、密林さんが何を根拠にお薦めしてきたかが表示されるので、それもメモしておく。
■「なんとなく」と「きちんと」
前回借りた本は全部読み終わった。今回は「難しかった順」に感想を書く。経済学に関する本が2冊あったのがけっこう大変だったが、難しいといっても岩波新書なのでそこまでではなかった。新書は、前書きに全体、各章末にそれぞれの内容をまとめてくれている場合が多いので、身も蓋もないことを言えばそこだけ眺めれば何を言いたいのかわかってしまうのである。
ただ、「密林さんといっしょ」は「何が書いてあるかを知る」ためにやるのではなくて「自分では足を運ばないはずの場所に連れていってもらう」ことが目的だから、楽にやろうとしたら意味がない。読んだ本の数を自慢するのは無駄な行為だが、つまるところそれと同じになってしまう。未知の著者が舗装してくれた道を、その道しるべに沿って歩いてみるのが大事だという気がするのだ。道が行きついた場所(結論)が気に入らなくても、ああ、そういうこともあるんだなあ、で済ませればいいという利点もある。
個人的には新書は「なんとなくわかる」でいいと思っている。そして、専門書を読むときは「きちんとわかる」でありたい。そんなことを頭の隅で思いながら読んだ。
■密林さんのおすすめその1
目次を見て学者の名前が羅列されていたので、時代順の配置なのかと最初は思ったが、違った。最後にケインズが配置されているのがポイントだろう。「供給はそれ自身の需要を作る」という「セイの法則」は否定されなければいけない、というのが論の背骨になっていて、ここを丁寧に考えながら読んだ。いわゆる基礎構造と上部構造の関係をどう考えるかを、19世紀末から第二次世界大戦終結までの状況を背景で眺めながら、複数の経済学者の論を引くことで詰めていく本で、1994年に書かれた内容だが、むしろ2010年代の日本経済に当てはまる部分が多くてそこも興味深い(157Pでサッチャーの経済政策を批判した個所などは固有名詞を置き換えればそのまま現代の日本だ)。
ざっくり読んだだけだし、きっと細かい記述などは忘れてしまうんだろうけど、今はそれでいいことにする。自分の中に新しい引き出しを作るために読んだのであって、この本から何がなんでも「もらう」ことを目的にはしていないからだ。本から何かを絶対にもらわないといけないなんて、誰が決めた。この後で経済面を読むときなどに「そういえば森嶋さんの本に書いてあったなあ」と思い出しそうな読書体験だった。それで満足である。
3部構成のうち第1部は経済学の基礎がわからないと辛いことが書いてあって、まえがきで著者が第1部は最後に読んだほうがいい、だが、わからなかったとしても読んだという実感はあるはずだ、という意味のことを書いていて、そのへんも気に入った。新書読書の「なんとなくわかる」感じをよくわかっていらっしゃる。
個人的に気に入った章は「マルクス」と「ウェーバー(3)」で、前者はマルクス=エンゲルスの理論は非常に限定的なものなのに、拡大解釈して通史的に当てはめることの愚についての指摘があった。後者は私企業に努める会社員は、実は官僚なのだ、ということが書かれていて(私的大企業の官僚)、この部分についてさらに追及したものも読んでみたい気がする。家の書棚に伊井直之が会社員小説について書いた『会社員とは何者か?』(講談社)が置きっぱなしになっているので、あれを読んでみたらいいかもしれない。
噛みごたえはあったが楽しい読書だったので、この本は次に読みたくなったらお礼の気持ちをこめて買おうかな。
■密林さんのおすすめその2
森嶋書でも2章を使って論じられていたドイツ出身の経済学者シュンペーターについての本だ。前半部で彼の経歴、後半で思想と理論について紹介されている。シュンペーターという学者についてはまったく知識がなかったのだが、企業家のイノヴェーションの役割を初めて明らかにした、ということでいいのかな。元電機メーカー社員としては「あ、あのとき社長が言っていたことはここが元ネタか」などとわかったのが発見だった。僕が会社員だった1990年代後半から2000年代前半は、バブルが弾けた後で、会社が「価値創造」ということをうるさく言っていた時期だった。「他人のうまい話に乗らないで自分で価値なんて作り出すもんだ」ということを幾通りも言い換えて社員に理解させようとしていたのである。あのころもうこの本は出ていたわけである。
「孤高の経済学者」という副題通り、貴族的な部分のある人で、そのために前半生は不幸であったらしい。評伝部分もけっこうおもしろくて、特に気に入ったのはハーバード大学に奉職した時代、毎日「一日の自分の知的成果を振り返ってそれを採点し」それを「一週間、一ヵ月ごとに合計し、これにコメントを書き込んでいた」というくだり。努力家というか、ロマンティストだったのだなあと思う。
もう一つ気が付いたのは、この人の理論とオーストリア=ハンガリー帝国出身という経歴が骨がらみに結びついていたという点だ。最近のニュースを見るたびにドイツ史についての基礎的な知識が必要になることが多いと感じるのだが、近代経済学の分野もそうだよなあと思った次第である。真面目に世界史の授業を受けていてよかったですよ、ウノサワ先生。
■密林さんのおすすめその3
鈴木理生『スーパービジュアル版江戸・東京の地理と地名』(日本実業出版社)
近世以前、近世初期・中期・幕末、近代と時代区分し、現在の東京がどのように形作られたかを図版で紹介する本。特に治水政策や、江戸期の都市計画に関する記述は、地図と見比べてみるとわかりやすい。荒川の変遷なんて、現代の地図に新旧の水域を重ねて見せてもらえないと、なかなか理解できないのである。その点ではA4という版型をよく活用している。江戸の町の記述では「堀留」と「入り掘」の違い、「朱引」と「墨引」の範囲の違いなどが本分で、「横丁」と「横町」の違いがコラムで、というように曖昧にしてしまいそうな概念を具体的に図解してある。二次資料なのでこれだけで済ませてしまうことはできないが、図版を見ながら、どこから調べたらいいんだっけ、と索引代わりで使うにはよさそうだ。
■さーて次回の密林さんは?
というわけで次回である。
なかなか1年以上前の本を密林さんが紹介してくれない。同じ著者の本を続けて読むよりは他の人の本を、と思って探し続けたら、ようやく281番に福田歓一『近代の政治思想』(岩波新書)が出てきてくれた。これはもちろん『思想としての近代経済学』からの推薦だ。図書館にあったので、まずそれを予約する。
続いて、同じく『思想としての近代経済学』つながりで松原隆一郎『ケインズとハイエク』(講談社現代新書)。ううん、またケインズか。というか『ケインズとハイエク』という文字列を含む本がこのあとたくさん出てきてびっくりした。そういう関係の二人なのね。それからもう1冊、久坂部羊『日本人の死に時』(幻冬舎新書)がだいぶ下のほうに出てきたが、これは小説『反社会品』をチェックしたからだろう。では、次はこの3冊で。
読んだらまたお会いしましょう。