杉江の読書 大崎梢『よっつ屋根の下』(光文社)

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%e3%82%88%e3%81%a3%e3%81%a4%e5%b1%8b%e6%a0%b9%e3%81%ae%e4%b8%8b 大崎梢『よっつ屋根の下』は、家族の小説であり、家族の時間の小説である。

東京都の閑静な住宅街である白金で、平山家の四人は穏やかに暮らしていた。その日々が突然終わりを迎えたのである。平山滋は千葉県銚子市への転勤を命じられる。明らかな左遷である。それは妻である華奈にとっては受け入れられないことだった。長男の史彰、長女の麻莉香には私立校受験の準備もさせていた。何よりも華奈自身が白金を離れたくなかったのだ。しかし史彰は、母の気持ちも知らず、滋と共に銚子へ行くと宣言してしまう。男二人は銚子、女二人は白金と、平山家は二つに引き裂かれる。

小学六年生で父に着いていく選択をした〈ぼく〉こと史彰が、銚子での日々を語るのが冒頭の「海に吠える」だ。母と妹がおらず、新しい職場に慣れなければいけない父も家を空けることが多い。それまでの住まいとはまったく違うアパートの一室で、史彰は孤独を嚙みしめなければいけないのだ。大人の事情によって犠牲になった子供の話ではあるのだが、彼が家族の外に目を向けて、友達を作ろうとする展開があることに安心させられる。友達の存在がときには命綱になりうるということが本書の中では繰り返される。

家族のつながりは温かいだけではなく、時には耐え難いしがらみにもなりうる。そのことをよく知る作者は、公平な視点で平山家のひとびとを描いていく。以降、滋、華奈、麻莉香がそれぞれ主役を務め、それぞれの家族についての思いが綴られていく。本作の最大の魅力は、もつれてしまった家族の絆をどうするかという問題に性急な答えを出そうとせず、手に負えないものについては時の流れに任そうとする姿勢がある点だ。「海に吠える」からエピローグの「ひとつ空の下」まで十年の時間が経過する。家族とは、それだけの長きをかけて考えるに値する問題なのだ。焦らないで、そこで立ち止まって、と行間から語り掛けてくる。

(800字書評)

大崎梢さんゲストの特別講座が10/20(木)に開催されます。詳しくはこちら

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