第26回鮎川哲也賞受賞作『ジェリーフィッシュは凍らない』の帯に「21世紀の『そして誰もいなくなった』登場!」とあり、気になって読み始めた。受賞者の市川憂人は東京大学新月お茶の会出身者である。「ジェリーフィッシュ=クラゲ」とは、作中に登場する飛行船の愛称である。飛行船の運用が常態化した、別の歴史中の事件なのである。作中の時代は1980年代に設定されている。こうした操作は携帯電話による緊急連絡の排除などのために行われることが多いが、今回はどうか。
冒頭で描かれるのはそのジェリーフィッシュのゴンドラ内の情景である。新型の飛行船が開発され、その試験のための航行中なのだ。乗務員同士の反目が描かれた後で最初の犠牲者が出る。そこで作者は一旦筆を止め、今度はそのジェリーフィッシュが墜落し、乗務員全員が死亡したと判明した後の警察捜査を描き始めるのだ。以降は進行中の事件と警察捜査の模様とが交互に綴られていく。叙述形式の意味についても考えながら読者は読み進めていくことになるだろう。
帯にクリスティーの作品題名を引用したのは編集者だろうが、お相撲で言うところの「家賃が高い」判断だったように思う。『そして誰もいなくなった』は事件の当事者視点で描かれるスリラーであり、次々に殺害される犠牲者たちの恐怖を描くことが眼目にある。しかし『ジェリーフィッシュは凍らない』はそうしたスリルの醸成を目的としていない小説だ。「孤島」の外にはみ出した捜査を描くのだから「21世紀の『十角館の殺人』」なら納得がいったのに。大仕掛けの部分にも驚きがあり楽しませてもらったが(上記の時代設定にも意味がある)、個人的な好みを言えば捜査側のパートで刑事コンビが交わす軽口は、緊密度を下げることにしかなっていないので不要であった。中盤以降でそれが消えるのは、作者にも自覚があったのではないか。謎解きの要素に絡むことではないが、一応書いておく。
(800字書評)