『昭和プロレス正史 上巻(イースト・プレス)』刊行記念トークとして、10月30日(日)19時30分より著者の斎藤文彦さんにお話を伺うイベントをやります。ご存じのとおり斎藤さんは、長く「週刊プロレス」でUSAマットの最前線を教えてくれるコラムを連載しておられました。近著『プロレス入門』(ビジネス社)は、正統派のプロレス史を綴った本でもあります。
ところが『昭和プロレス正史』は従来のプロレス史本とは一線を画すものです。この本で斎藤さんは、「正史」というべき歴史が無条件に存在したのではなく、ナラティヴ、すなわち語られた歴史が歴史概念を形作ったのだという考え方を日本のプロレス史におそらくは初めて導入しました。それにより「何があったか」ではなく「何があったと認識されたか」の歴史叙述が成立したのです。このことにより、「バンプをとった者にしかわからない」と内部の人間が言うプロレス史以外の「正史」が成立する可能性が発見されたと言ってもいいでしょう。私は大学時代に少し歴史学をかじったことがあるのですが、この本には知的好奇心を強烈に刺激されました。今、関係ない(と私以外の人には見えるはずの)脇田修の著書を引っ張り出してきて読んでいるところです。おそらく斎藤さんに私がお聞きしたいのは、歴史を叙述するやり方そのものということなのだと思います。
子供のころの憧憬を刺激されたということもあります。同書ではプロレス記者、評論家が当時の出来事を見聞し、証言する者として登場します。彼らの語り=ナラティヴが歴史そのものなのです。その中にはたとえば元東京スポーツの桜井康雄がいます。ご存知のとおり桜井康雄は原康史の別名で『プロレス太平洋戦争』などの実録小説を書き、それがみのもけんじ『プロレス・スターウォーズ』の原案として使われました。また、日本におけるプロレス評論家の草分けである田鶴浜弘の名前も挙げられています。私がプロレスという競技・ジャンルの存在を知ったのは、その田鶴浜が監修した小学館『プロレス入門』によってでした。普段は刑務所に収容されていて、試合のときだけ出所してくる「ザ・コンビクト」、エジプトのミイラが復活したと言われている「ザ・マミー」などの怪奇派レスラー幻想はこの本によって植え付けられたものでした。そうした稚気溢れるガジェットと、実際のプロレス史との間にある空隙を、この本は一気に埋めてくれたのでした。
トークイベントではこの本について成立の背景や、プロレス史学の成立可能性などについてさらに掘り下げて伺おうと思っています。完全に私の趣味ですが、お付き合いいただければ幸いです。