つげ義春の本格的デビュー作は1955年に発表した描き下ろし単行本『白面夜叉』だ。『つげ義春全集1』(現・『つげ義春コレクション 四つの犯罪/七つの墓場』ちくま文庫)にはその直後、最初期の作品群が収められている。巻頭の『四つの犯罪』は温泉宿の逗留客が過ちを告白していくという連作長篇形式で、どれも完全犯罪の計画とその失敗を描くことが主軸になっている。その中の1作「運痴君の不思議な犯罪」に登場人物の書棚が描かれている場面があり、『ポオ全集』『探偵小説三十年』『幻影城』などの書名が見える。同じ収録作の「クロ」は、偏愛する黒猫と一緒に葬ってほしいと言い続けた父親の遺言を守ってペットを犠牲にした長男が、葬儀後に居るはずのない猫の幻影を見るという内容で、ここにもポオのモチーフが出現する。初期のつげは、探偵小説趣味が強い作家だったのだ。
また、1956年の単行本『生きている幽霊』から採られた「罪と罰」には「ミッキー・スピレーン来日」を報じる新聞記事が描かれたコマがある。収録作の多くにはこうした趣味への言及や、戯画化された「つげよしはる」を揶揄うような落書きが散見される。貸本漫画家として雌伏の日々を送っていた作者の心情が吐露されたものだろう。
ミステリー漫画の多くで主人公たちを犯罪に駆り立てるものは金銭への執着であり、喘ぐような労苦の声が収録作には充溢している。子供が雨に濡れたために肺炎になりかけ(傘すら買えない家なのだ)危険を承知で主人公が危ない煙突掃除をしようとする「おばけ煙突」、現金強奪計画を立てた者たちが因果応報のように次々命を落としていく「四人の素人」など厭世主義に貫かれたものが後半には多く収められており、前半の丸っこい絵柄がだんだん劇画調に近づいていくこともあり、陰鬱さがいや増す。いちいち考えるのが面倒くさいのか、スターシステムで同一のキャラクターを使いまわしており、その投げやりさもまた酷薄な雰囲気の醸成に一役買っているのだ。それにしても、運痴一という名前はひどい。
(800字書評)