『つげ義春全集1』の後半に収められた「おばけ煙突」は無情感の漂う労働者の生活スケッチであり、後の「大場電気鍍金工業所」などを予感させる作風であった。しかし、そのまま順調に同路線を歩んだわけではなく、1960年代に入るとつげは迷走と言っていいほどに多彩な作品を手がけるようになる。おそらくは貸本漫画業界が末期を迎えており、強い柱となるジャンルが存在しなかったためだろう。『つげ義春全集2』(現・『つげ義春コレクション 腹話術師/ねずみ』ちくま文庫)の収録作を見ると、「親分」のようなギャングもの、〈mood mystery〉と扉にキャッチコピーがつけられた「見知らぬ人々」(巻末解説によればイエジー・カヴァレロヴィッチ監督映画「夜行列車」の影響を受けているという)、愚兄賢妹ものの少女漫画〈ノンコ&甚六〉シリーズの「下町の唄」「兄貴は芸術家」など、作者の困惑が見えるようなラインアップだ。
収録作でいえばSFに良いものが多く、惑星間航行を実現した人間たちが思わぬ敵によって滅ぼされる「ねずみ」の生理的嫌悪を催す描写、怪談風の題材が科学的に解決されるところに妙味を感じる「右舷の窓」などは好きである。その反面、時間旅行ものの「行ったり来たり」などはアイデアに頼った内容であまり作家性を感じない。それよりは「腹話術師」のありふれたストーリーが、最後の一コマで実に異常な物語へと変貌する切れ味のほうに魅力を感じるのである。この話、落ち自体は最後から2コマ目でついてしまうのだが、それを聞かされた登場人物の顔が大写しになる最後のコマがあるせいで、余韻が長く残るのだ。
つげ自身は「なにか外国のミステリーがヒントだった」と、作品の内容を忘却していたらしい「老人の背中」は、ロアルド・ダール「皮膚」が元ネタである。最後にロースト・ダックの焼き方を気にするところまで同じであり、完全な翻案だ。「皮膚」の初訳は1957年に刊行された『あなたに似た人』のハヤカワ・ミステリ版なので、つげはそれを読んだのだろう。
(800字書評)