杉江の読書 bookaholic認定2016年度翻訳ミステリー第1位 『彼女が家に帰るまで』ローリー・ロイ(田口俊樹・不二淑子訳/集英社文庫)

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1940年代後半から50年代にかけてのアメリカでは、都市や工業地帯の周辺に衛星のような新興住宅地が多数作られた。戦地から戻った若者たちが職を得て働き始めたから、住宅不足だったのだ。同時に女性が家庭に入ることが奨励され、就業率は著しく低下した。新しい一戸建て、働くパパ、子だくさんのママというようなステロタイプが幸福の典型として喧伝されたのである。しかし、このときに建設された郊外型住宅=サバービアが中産階級にとってのパラダイスであった時期は短かった。同じような家族構成の、同程度の収入の住民によって構成された均質な世界は、変化に弱かったのである。時が経つにつれて建売住宅は彼らにとっての檻へと変わっていった。

1958年のデトロイトを舞台とする『彼女が家に帰るまで』は、そうしたサバービアの悪夢についての小説である(登場人物たちが異様に黒人を敵視するのは、本来そこは白人だけの街だったからだ)。本当は不幸であるという事実から目を背け、偽りの幸福にしがみつこうとする人々が本書の主人公である。その欺瞞の姿は、現代を生きる者の似姿だ。不幸な自分を直視せよ、とローリー・ロイは言う。

(800字書評)

川出正樹・杉江松恋が選ぶ2016年度翻訳ミステリー・ベストテン結果速報

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