※『半席』が新潮文庫に入りました。解説はミステリー書評家の川出正樹氏です。
青山文平『半席』は、ミステリーとしても秀逸、という同業者の言葉を聞いて手に取った作品である。すでに直木賞受賞作『つまをめとらば』などの諸作でその実力の程はよく知っていたが、その折紙を貰わなければ読み逃していたかもしれない。一読して納得、たしかに良作だった。武家社会でなければ成立しない設定を用いた点に趣向がある。
主人公の片岡直人は徒目付、すなわち江戸幕府の正構成員たちの監査に当たる職種だ。平和な時代では政権の維持者は軍人から官吏に写る。中でも重要なのが経済と内務監査の担当者だ。片岡はその官吏なのである。ところがこの幕府ならではのしきたりがあり、世襲で役職が得られる身分になるには、一人が二回の公職に就くか、親子でそれを果たさなければならない。片岡は規定に達していないので、一代限り「半席」の身の上なのである。なんとかして誠実に職務を果たして昇格しようと考えている片岡に、上司の内藤雅之が時折、非公式な捜査依頼を持ってくる。それを断り切れずに毎回、というのが各話の構造だ。個人的な出世願望と事件への興味、関係者への同情する気持ちとの間で片岡は揺れ動く。そこが小説としての動力源になるのである。
非公式といっても、内藤の依頼は私欲から出たものではない。監査=徒目付という立場上、公式に動いたのでは無用の咎人を出してしまうかもしれない。そうした場合にのみ彼は片岡に、事件を引き起こした者の動機を調べるようにこっそりと言ってくるのである。たとえば「真桑瓜」の片岡は、八十歳以上の高齢者のみが集う会で抜刀して同輩に傷を負わせた人物を調べることになる。もはや人生を仕舞いつつある者がなぜ今さら、という謎が読者の興味を掻き立てるのである。役目柄「なぜ」だけではなく、事態を「いかに」収めるか、ということが問われる話もある。設定が物語のありようを規定し、そこに新鮮な謎が産まれる。稀な成功作として広くお薦めしたい。
(800字書評)