青山文平『春山入り』を読み終えたところである。ただ不明を恥じるばかりで、改題前の単行本『約定』が出た2014年の時点で読み、書評すべきであった。
本書に収録された「半席」は徒目付として人物評定の仕事に励む片岡直人を主人公とする一篇だ。彼は上司から頼まれ、矢野作左衛門という御家人の死について調査する。その結果、作左衛門の死に関わった人物の動機が炙りだされるのだ。「半席」の素晴らしい点は、問題の登場人物の心理が実に自然な論理で組み立てられていることで、意外であると同時に深く納得させられる。青山はこの短篇の出来に意を強くし、連作としての執筆を開始した。それが短篇集『半席』となり、ミステリーファンに注目されることになったのである。『春山入り』はいわば、『半席』胚胎の書であった。
本書の収録作も『半席』同様、どれもすべて素晴らしいミステリーとして成立している。表題作は、藩政方針の転換を巡って対立する男が自分と同じ異形の刀に関心を示したことを知り、主人公がその心情を忖度するのが話の核になっている。刀に気を惹かれたのは斬撃に特化した外道の長柄刀だったからで、それを腰に差すというのはつまり、近いうちに殺し合いをする意思があるということだ。しばらく顔を合わせていない相手への友情と藩士としての使命の間で彼は葛藤する。元の表題作である「約定」は、一人の侍が突然割腹自殺することから始まる。いでたちからすると彼は果たし合いに臨むところだったらしいが、それが行われた様子はない。しかも因縁の起源は古く、はるか二十一年前だったのである。いまさらなぜ、という疑問が浮上してくる。こうした具合に物語の中核に謎が据えられており、すべての話に刀が重要な小道具として用いられている。そのことにより、侍である主人公たちは自らの存在意義を問い質されることになるのだ。各篇の出来と短篇集としての完成度が共に高い、稀有な一冊である。