街てくてく~古本屋と銭湯、ときどきビール 2018年9月井の頭線古本屋巡り

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古書七月堂にて。明大前に古本屋ができたのは嬉しいです。

最近鉄道遠征に乗じて古本屋通いが続いている。開き直って、井の頭線の古本屋に一日でまわってみることにした。若い友人二人と井の頭線の渋谷駅で待ち合わせ、京王線の一日乗車券を買って出発する。本当は渋谷古書センターから回り始めたかったのだが、開店が十一時と遅いので見送る。どうせ、週に一度くらいは行っているのである。

というわけで最初は駒場東大前の河野書店から。場所柄もあってか学術書が充実しているが、それ以外には店頭に児童書や絵本も多い。「この場所で読み聞かせはやめてください」と貼り紙がしてあったのは、そういう親子連れがいたのだろうか。そういえば駒場は、東大生と地元小学校のボランティア交流が盛んな場所なのである。読み聞かせを熱心になっている団体もあるのかもしれない。

一駅進んで次は池ノ上の古書由縁堂。不勉強でここに古本屋があるのを知らなかった。外観はこざっぱりとしており、店内は写真集や画集の棚に見るべきものが多かった。とりあえずここまでの買い物はなし。

池ノ上の由縁堂。何度も近くを通っているのに、この店の存在を知らなかった。

次の下北沢は古本屋の密集地帯でもある。たいがいが十二時開店でまだ早いので、食事でもしようかという話になった。ところが蕎麦屋に入ろうとしたところ、隣の古書明日が時間前なのにもう店を開けていた。ありがたいことである。ここはもともと白樺書院だったが、いつの間にか代替わりして別の店になっていた。そのへんの事情は知らないが、古書明日になってから好みの本に会うことが多くなったように思う。

案の定たくさん拾い物をしてしまう。まず早川書房の刑事コジャック・ノヴェライズでヴィクター・B・ミラーの『死の麻薬ルート』と『殺人教室』。二見書房サラブレット・ブックスの刑事コロンボ・ノヴェライズがヒットしたころに出たもので、早川では珍しい新書形式だ。シリーズの抜けがどれなのかきちんと覚えていないので、やむなく二冊とも買う。たぶんダブりである。ミステリーではもう一冊、ロバート・ディアキラ『三つ数えろ!』(サラブレット・ブックス)。これはゲームブックで、解答編が袋とじになっており、一九三〇年代の私立探偵になりきって読者は謎解きに挑戦する。袋とじは破られており、鉛筆で書きこみがしてあった。訳者が小鷹信光・木村二郎のペアなのが豪華でよろしい。それ以外は非ミステリーで、故・柳家つばめの時事落語集『’73版つばめ政談 角さんどーする』(立風書房)とピエール・ルイス『私の体に悪魔がいる』(三笠書房)、そして百々佑利子・ジョンホプキンズ監訳『現代ニュージーランド短編小説集』(評論社)である。

柳家つばめは五代目小さん門下で元教師という異例の経歴を持ち、時事落語という分野を開拓して兄弟弟子の立川談志に対抗したのだが、残念ながら早逝した。いくつかある時事落語の著作は稀覯書の部類に入り、私もこの本を見たのは初めてだった。『私の体に悪魔がいる』は『女とあやつり人形』『欲望のあいまいな対象』などの邦題でも本が出ている悪女小説の古典で、三笠書房版は同題で映画化された際に刊行されたものだという。目玉は『現代ニュージーランド短篇小説集』だ。ニュージーランド・アンソロジー自体がたいへん珍しく、収録されている作家もキャサリン・マンスフィールド以外は読んだことがない人ばかりである。表2を見たら『現代オーストラリア短編小説集』の近刊予告も出ていた。これも見つけたら買って読まねば。

もうこれでおなかいっぱいだったのだが、一応下北沢を回る。サブカルチャー系などが非常に強い古書ビビビと全般にわたって蔵書数を誇る古本ほん吉は、棚を見るだけでも楽しい。どちらも良い本を見つけたのだが、この日は見送る。古書明日の発見がなかったら、間違いなく購入していたところだ。順番がよかった。他にも店舗はあるのだが、今回はもう一点だけ、クラリスブックスに行く。北口の奥、建物の二階にある店なのでこれまで入ったことがなかった。外から見たイメージで高踏的な本ばかり並んでいる店だと勝手に思っていたのだが、そんなことはなく一般小説なども多い。ここで例の新日本出版社『世界短編名作選』のイギリス編を見つけてしまった。見つけたからにはこれは買わずばなるまい。着々と揃っていくが、このシリーズには東南アジア編とラテンアメリカ編という難物がある。これを果たして店頭で見つけることができるか。

下北沢を出たら次は東松原の古書瀧堂。ツイッターをフォローしているがこの店に来るのも初めてだ。高架式の駅を出て商店街を進み、すぐある曲がり角を右に入ったところにある。どん、出た、という感じであるので思わず「出た」と言ってしまう。漫画棚に気になるものが多かったが、買わず。

瀧堂。どーん。

次の明大前にも古本屋がある。私が大学生のころは線路沿いに均一棚の多い店があったがそれはやがてなくなり、明治大学に近づいたところに古本大学ができたがそこも撤退と、古本屋が根付かない街だった。数年前に出来た古本七月堂は、もちろん初めての訪問になる。友人がグーグルマップで調べて「こっちです」と誘導してくれるが、どう見ても住宅地で古本屋のある気配ではない。こっちでいいのかなあ、いや地図ではそうですから、などと会話をしているとまたしてもどん、出た、という感じで七月堂の看板が目に入る。「わわわ、あった」と全員が叫ぶ。そりゃあるはずである。

後で知ったのだが、ここは小出版社が副業として始めた店らしく、奥のほうには地方出版社の新刊も並べられていた。棚のセンスがよく、ソファも置いてあるので休憩しながら眺める。そこに扉が開いて、中年の男性が入ってきた。手にしているのは『ゴルゴ13』のコンビニ版総集編である。「これを買い取ってもらいたいんだけど」と店の人に話しかけると、ちゃんと査定を始めた。買い取るんだ、とちょっと驚く。そういうジャンルの本は扱いませんので、と断りそうなイメージだったからだ。同行の友人は買い物をしたが、私はせずにここも失礼する。いい店だったので、定期的に訪ねたい。

七月堂。隣は良さそうなレストランだった。

明大前からちょっと寄り道して京王線下高井戸駅の古書豊川堂へ。古くからある商店街の古本屋で、ここの風情が好きなのだ。子供のころに親しんだ古本屋の雰囲気があり、平台や、棚の前に積まれた本たちを見ているだけで心が休まる。とりあえず何も買わなかったが私の中の豊川堂成分は補充できた。

ここから吉祥寺までは古本屋の空白地帯である。厳密に言えばチェーン店ならあったと思うのだが、今日はそこまでして行きたい気分ではない。さっさと終点の吉祥寺に行ってしまう。

ひさしぶりの吉祥寺はずいぶんと様変わりがしていた。それでも駅を出ると見なれた景色である。まずは直近の古本センターへ。向かい側にあるラーメン屋は、たしか以前は後楽そば入っていたはずである。また、すぐそばに破壊王というデカ盛りメニューのある吉祥寺どんぶりがあったと思うのだが、なくなっていた。古本センターは海外の官能小説に強くて、富士見ロマン文庫を集めていたころはたいへんお世話になった。この日は特に何も買わず。

ミステリー系で吉祥寺といえば古書よみた屋に行かねばならぬ。吉祥寺は駅と街路が斜めに交差していて道を覚えにくいのだが、同行の友人に頼って店まで歩く。眼福ではあったが、特に何も買わず。次は百年である。ビルの二階にある店で、最近になって一日(いちじつ、と読むのだろうか)という支店を出したと聞いて気になっていた。

ここでまた発見があった。ジョン・チ―ヴァー『橋の上の天使』とディーノ・ブッツァーティ『七人の使者』、ともに短篇集だ。先日の佐藤書房に続いてまたチーヴァーだ。嬉しい。チ―ヴァーの訳者は川本三郎だが、あとがきの題名が「サバービアの憂鬱」なのは大場正明の名著と同題である。大場がここから採ったのか、偶然の一致か。両方とも短編の名手としてお気に入りの作家なので非常に嬉しい。

一日は百年のあるビルの路地を入り、突き当たって高架に行き着いたところにある。看板が小さく、そこに店があると知らないと通り過ぎてしまいそうなたたずまいだ。ここで嬉しいのは均一棚で、単行本三百円のところが異様に魚影が濃かった。しかしそろそろ荷物が重くなっており、贅沢な話だがもう何も欲しくない、という状況である。「本が増えるのが恨めしい」と呟きつつ友人は何冊か買っていたが、私は追加なし。

雑居ビルの一階にある一日。この右側に均一棚がある。たぶん元はガレージ。

あとは三軒。それ以外は、たしか焼鳥のたつ屋の本店に近い路地を入ったところにもう一軒あったと思うのだが、閉店したはずだ(まだあったらごめんなさい)。うち二軒は商店街の中である。向かっている途中で偶然小規模な古本市をやっていた。児童書が中心だったが、一応ひやかす。駅から商店街を進んだところにあるのが老舗の外口書店だ。ここでモンキー・パンチの『ダァティ・ジョォク』(サンケイ出版)を発見。持っているかもしれないが、モンキー・パンチなので仕方ない。買う。

偶然見つけた古本市。9月24日までらしい。

商店街を突き抜け、右に曲がったところにあるのが外口書店と並ぶ老舗の藤川書店だ。この後、駅近くから移転してマンションの中に入ったすうさい堂に行こうとしたのだが、道を間違え、ぐるぐる迷っている間に日が暮れる。ようやくたどり着いたときには、閉店してしまっていた。「まだ営業時間なのに」と恨み言を言いながら、到着した証拠に写真だけ撮る。しかたない。個人営業の店だからこういうこともあるのだ。これだけ店をまわって、一軒しか閉じていなかったことが逆に幸運だったのである。

閉まっていたバサラ・ブックス。営業時間内だったのに。いいけど。

こんな感じで終わった井の頭線古本歩きであった。歩行距離約十キロ、そのほとんどは書棚のまわりをうろうろしている間に稼いだものだろう。地味に長距離を歩けたことが自信になった。そろそろ街道歩きを復活させても大丈夫かもしれない。

ぼくらのアイドル豊川堂。ここにきて、帰りに堀田でコロッケを買うと幸せな気持ちになれる。

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