山手通りを池尻のジャンクション付近から北上していると、途中にいつも機動隊の装甲車が停まっていて、立番のいる曲がり角がある。やけにものものしいので最初に見たときは、立てこもりでも起きたのかと思ったほどだ。
そのうちに安倍首相の私邸がその角を曲がったところにあるのだということをなんとなく知った。なるほど。だから警官がいるのか。その先を曲がったところにも立派な邸があって、こちらには立番用のボックスまでついている。塀の向こうを透かし見ると、暖炉の煙突らしいものを屋根から生やした建築物が窺える。なかなかに趣味がよろしい。表札を見たら麻生とあった。なんと麻生太郎氏のうちなのか、とびっくりした。首相と副首相、ずいぶん近いところに居を構えているのである。同じ町内会なのだろうか。
なんでこんなことを書いたかというと、今日たまたま麻生邸(だと思っているお宅)の前を通ったら工事中になっていたからだ。あの素敵な建物が跡形もない。掲示を見ると共同住宅にするらしい。木戸修みたいにマンション経営するつもりなのか。木戸修が経営しているのはアパートか。そうなったら麻生さんに毎月家賃を払うのか。謎は深まるばかりである。
その通りからほど近いところに古本屋が一軒ある。リズム&ブックスだ。ここの存在に気づいたのは二〇一二年のことで、すぐに言って立川談志の珍しい新書を発見し、狂喜したものである。そういう芸能本が強い。また、ポルノグラフィであるとか、ふた昔以上前の左翼本であるとか、一九八〇年代くらいの定義のサブカルチャーに関する本が多く、定期的に見に行っているのである。なぜか茸に力を入れていて、この日も茸関係本がレジと相対する、目立つ場所に置いてあった。
新着本の棚で小牧雅伸『Animecの頃…』(NTT出版)を発見する。高校生のころにたいへんお世話になった専門誌の初代編集長が、創刊から一九八三年頃までの事情を書き綴ったたいへんに資料価値の高い本だ。手元に置いておかなければならないので、迷わず購入。特に稀覯本というわけではないが非常におもしろいし、ここにしか出てこないエピソードが満載なので持っていないと損である。あとで読んでみたら、びっくりするような話が続々と出てきて、ページを繰るのが楽しくてしかたなかった。たとえばカラーピンナップ職人で一部ではたいへんに有名なケッダーマンこと故・伊藤秀明氏に小牧氏が発注するときの会話。
「で、小牧の旦那は何が欲しいの?」
「できればね。大河原さんが原画を描いたという雰囲気で、合体したキングビアルの横にかっこよく武器を構えたザンボット3を描いてね。はい、これ資料一式」
「背景はどうするの?」
「近いのしかないけど、やっぱ青い地球で、サンライズ光が入ってるの」
と、別作品の背景を渡す。これだけで、ちゃんと完成するのだから、たいしたものだ。当時としてはこれができるのは、日本中で彼ひとりの特技だったのである。いや、今でもここまで希望通りの絵を仕上げる作家はいないだろう」
つまり伊藤氏は、実際には原画が存在しない「版権絵」を一から作り上げる天才だったわけだ。そういう話が満載で、実に楽しい。これはKADOKAWAから復刊すべき名著だと思う。なぜKADOKAWAなのかは賢明な読者には説明の必要がなかろう。
本を持って原宿へ。アシックスでスニーカーを買うためである。街道歩きには、低反発のランニングシューズがもっとも適している。だいたい五百キロ歩くと買い替えるようにしている「街道歩きくん」も、これで六代目か七代目になった。秋も深まったことであるし、そろそろ本格的に復活だ。