思い出したので書くが、今年のゴールデンウィークに三浦半島の城ヶ島に行ってきたのだった。城ヶ島といえば反射的に「仮面ライダー」と返してしまう昭和世代である。あ、「らき☆すた」のエンディング撮影で白石みのる氏も訪れていたか。「恋のミノル伝説」もあそこか。それは現地に来てから思い出したのだが、別に聖地巡礼が目的ではなく、三崎港にマグロを食いに行ったのであった。
しかし理の必然としてマグロを食べた帰りには城ヶ島に渡り、あの場所やこの場所に行ってしまう。その形状が目に焼き付いている馬の背洞門にも、もちろん。このアーチは今や風化していて上に乗ることが禁止されている。特撮ファンにはちゃんと禁止表示が出ているようなことをやる不埒者はいないわけだが、この日も何組かが上によじ登って顰蹙を買っていた。うちの一人は大のおとなである。崩落するよ、危ないよ。
海沿いに丘陵を伝っていくと、強い風が吹き抜けていくので寒いくらいだ。城ヶ島灯台まで行くと終点で、そこから京急ホテルそばを通って引き返すと、本土行きのバス停がある。そこから三崎海岸まで戻ってもよかったのだが、時間に余裕があったので三崎港で下りた。商店街を散策してみるつもりなのである。
この辺一帯はレトロな造りの建物が残っているのを観光資源にしており、たしかに風情もある。のんきに眺めて歩いていたのだが、そのうちにたいへんなものを発見してしまった。
古本屋である。
三崎港に古本屋。
失礼だがまったく想定していなかった事態なので、お店を見てしばらく思考停止してしまった。三崎港に古本屋。三崎港に古本屋。何回か繰り返して、ようやく意味が脳に浸透する。そうか、古本屋か。あるところにはあるものだ。
中に入ってわかったのだが「三崎の古本屋 ほんばこ」(検索してみたところ、現在は「烏兎舎」に名称変更した由)は専業ではなく、雑貨やアートのお店の一画が本を置くスペースになっているという形であった。地元の人向けの貸本もあり、点数はそれほど多くない。ゆえに何も買うことはできなかったのだが、様子のいい一筆箋があったので、それを求めることにした。
商店街の中にもう一軒気になる店があった。ガラス戸に「三崎の蔵書室 本と屯」と書かれた紙が貼ってある。その横には「どなたもどうかお入りください。決して遠慮はありません」と。注文の多い料理店ではあるまいし。定休日だったのかカーテンが引かれ、中が窺えなかったが、軒先の箱に本が差してある。またカーテンの隙間から覗いてみると、本棚が並んでいるようである。後ろ髪を引かれる思いでその日は帰ったが、後で調べてわかったのは、これはアタシ社というご夫婦でやられている小出版社がやっているもので、二階が事務所、一階が蔵書室で、不定期に本を読む場所として開放しているのだということだった。アタシ社のホームページを見ると、美容関係の雑誌や書籍、写真集などを手掛けているみたいである。なんだかおもしろい。次に三崎港に訪ねるときに開いていたらいいのだが。
その前が三崎堂書店である。街の本屋さん、といった風情のこぎれいな書店で、かわいい猫が出入りしている。つい見入ってしまった。気が付くとずいぶん時間が経っており、何も買わないのは悪いと思ったので、立川談四楼『もっとハゲしく声に出して笑える日本語』(知恵の森文庫)をもらう。家に一冊あるはずだが、帰りの車中で買うつもりだからいいのだ。それにしても短い間に三軒も本にまつわる場所を訪ね歩いてしまった。三崎港おそるべし。
海風に吹かれながら歩いたので体がべたべたする。ひとっ風呂浴びて帰ることにして、三浦半島で唯一の温泉という触れ込みのリゾートホテル、マホロバマインズ三浦に立ち寄った。
もう日もとっぷり暮れている。
小高い丘の上に建物はあった。なんだか怪しい像が入口にあったのでやや警戒しながら入る。すると眼前に、無数の皿回しをする子供たちが現れた。歓声を上げながら、ひょろ長い棒の上の皿を回している。
上海雑技団の練習場か何かに迷い込んだのだろうか。
よくよく見ると、ホテルの企画したアトラクションで大道芸人が来ているのだという。子供たちはサーカスに売られたのではなくて、芸人から皿回しを習っているのだった。
工程の終わりに変なものを見たな、と驚きながら湯につかった。湯は普通。水中からショッカー怪人が飛び出してきたりはしなかった。