十返舎一九『東海道中膝栗毛』は京都ではなく伊勢神宮に向かう話である。伊勢参りは、誰もが一度はしてみたい夢の旅だった。
私が一度目の東海道踏破を終えたのは、伊勢神宮と出雲大社の式年遷宮が60年ぶりに重なるという珍しい年であった。これは呼ばれているとしか思えず、2013年秋、私は伊勢街道を目指した。東海道四日市宿から三重県を南下していく約70kmの道のりだ。
ものの本によれば、お伊勢参りの人は信心深いので、「休んでいきなさい」「お茶飲みなさい」と地元の方がもてなしてくれるという。私の場合、そんな出会いはまったくなかったのだが。
それもそのはずで、歩いて伊勢参りをしようという酔狂者は、私以外まったく見かけなかったのである。徒歩の人向けの道標もあまりない。街道整備が完全な東海道が実は過保護なのであって、よそではそれほど世話を焼いてくれない、という事実を私はこの伊勢街道歩きで初めて知った。おかげで道を間違えて山中に踏み入ったことも幾度か。残暑厳しい折だったので、ちょっと泣いた。
3回の「通勤」で歩ききった伊勢街道、もっとも印象に残っているのは餅のうまさである。別名・餅街道というのはだてではない。
伊勢神宮前の赤福は誰もが知っている。それ以外ではまず四日市の長餅。歌人・佐佐木信綱が「四日市の時雨蛤、日永の長餅の家土産まつと父を待ちにき」と詠んだ菓子だ。わかる、わかるぞ信綱、その気持ち。
私は酒飲みだが、街道歩き中は好みが変わる。餅菓子を見つけると食べたくて仕方なくなるのだ。酒を飲むと足を取られるので、見るのも嫌になる。体は歩くための燃料だけを欲しているのだろう。街道で餅を売るのは理にかなっている。
名物にとどめをさすのが小俣のへんば餅だ。へんばとは返馬、つまり馬で来た人もそれを返してここからは徒歩で行くという地点で売っている。実に柔らかく、餅に包まれてひと眠りしたくなるほどだ。それだけに日持ちもせず、ご当地以外ではまず手に入らない。そのためだけに伊勢参りにまた行ってもいいぐらい、この餅はうまかった。
餅の話ばかりになったが、伊勢神宮は豊穣を司る、つまり五穀を実らせてくれる神様なのだからお許しくださるはずだ。付け加えるならば、伊勢街道でもう一つ素晴らしいのは夜明けである。清浄な空気の中、少しずつ明るくなってくる陽光を感じながら歩くのはすこぶる気分がよろしい。信仰心はなくとも、ありがたや、と拝みたくなるのである。
(初出:「しんぶん赤旗」2018年5月16日)