通勤街道歩きは楽しいことばかりではなく、辛く感じる瞬間も、もちろんある。
たとえば街道周辺に公共交通機関がないときだ。どんなに疲れても目的地まで自分の足で歩かねばならないし、そもそもたどり着くこと自体が一苦労だ。
危険を感じることもある。日光街道の終点に近い鉢石宿周辺は、杉並木の景観が見事な土地である。それはいいのだが、人が歩くことをあまり想定していないのか、歩道部分がない区間が多いのが困る。通り過ぎる車が怖いので、景色を眺めている場合ではなくなってしまうのだ。また、車が飛ばすんだ、これが。旧街道を観光資源として活用するならば、まずここを改善してもらいたいものである。
余談になるが、これまでで歩いていて最も命の危険を感じたのが、東海道の興津~府中宿間にある北村地下道だ(静岡県静岡市)。JRの線路下を通るこのトンネルでは、車がみんなクラクションを鳴らしながら入っていく。幅が一車線分しかなく、途中の待避所以外ではすれ違えないからだ。そんなところを歩くわけである。運転手から見えるようにせいぜい背を伸ばして歩くが、人間にはクラクションがないのが難である。
逆に、大変だけどおもしろいな、と思ったこともある。水戸街道での体験だ。
水戸街道は名前の通り水戸徳川家が江戸と往還するためのもので、全長116kmある。途中で関東最大の河川である利根川を渡ることになるし、変化に富んで歩きがいのある街道だ。
その水戸街道で、茨城県の取手から次の藤代宿に向おうとしたときのことである。取手宿には旧本陣の建物が保存されている。そこを見学した帰り、われわれが徒歩の旅行者だと知った地元の方が、こんな忠告をしてくださった。
「この先は一つ田んぼでお店がないから、買い物をするならここら辺でね」
一つ田んぼ。
いろいろな単位を知っているが、そんな表現は初めて聞いた。おそらく取手~藤代間は水田地帯なのだろう。だが、しかし。
「まさかねえ。砂漠手前にある最後の店じゃあるまいし、何もないなんてことが」
そんなことを同行者と言い交わしながら歩き始めたのであった。やがて、忠告された通りの光景が目に飛び込んでくる。
一つ田んぼ。
右も左も田んぼ。後ろも前も田んぼ。そんな道が何km続いただろうか。そして道には、自動販売機の一つも無かった。関東平野は日本一の面積を誇る。そこを歩いているのだと散々思い知らされた一日であった。
(初出:「しんぶん赤旗」2018年6月6日)