「水道橋博士のメルマ旬報」に寄稿し始めて、もう6年になる。「メルマ旬報」はその名のとおり、ルポルタージュ芸人の水道橋博士が編集長を務めるメールマガジンで、定期刊行されているものではおそらく国内最多の執筆陣、最大の規模を誇る。なにしろ、あまりに多すぎて一号では配信しきれず、「め」「る」「ま」の三組に分かれて月三回配信になっているほどだ(それで本当に旬報になった)。
私はその創刊号からのメンバーで、最初のタイトルは「マツコイ・デラックス」だった。博士の命名である。最初の連載意図としては、博士が私に課題図書を指名、それを受けて原稿を書き、博士が返歌として実際にその本を読む、というような往復書簡形式があった。忙しい博士に負担を強いることになり、この構想はすぐに放擲されたのではあるが。
私のほうは、現在の連載タイトル「芸人本書く列伝」が示すとおり、「芸人」が「書いた」「本」ということに執着していた。芸人がなぜわざわざ書くという行為に拘ったのか、ということに私は関心があり、「書かれた本」というエビデンスを通してそれを理解したいと考えた。だから、本の選択にも一定の自分ルールを設けたいと思っていたのだが、そのへんのすり合わせが十分ではなかったため、後に水道橋博士とは考えがすれ違うことになる。読み返してみたら、そもそも第一回から芸人の本じゃないし。
本サイトではメルマ旬報に許可をもらい、過去原稿を再録していくことにする。原稿は元のものを使用しているため、一部に誤字脱字があるかもしれない。気づき次第適宜修正していくので何かあったらご指摘をいただけると幸いである。
この連載、できれば一冊にまとめたいと思っている。関心のある方、どうぞご一報ください。
では始まり始まり。
===============
「あのー、『土下座』って本はありませんか?」
「『土下座』? 入荷してないですねえ」
「……すみません。おっかしいなあー」
という会話を都内の書店で2回ばかり繰り返した後でようやく気がついた。『土下座』じゃなくて『平謝り』だよ! どうしたもんだか勘違いしていたのだが、それと判明してからはすぐ探し当てることができた。180センチを超える長身の腰を60度に折って、谷川貞治元K-1プロデューサーが神妙な顔で詫びを入れている表紙の写真が印象的である。『平謝り K-1凋落、本当の理由』は、元「格闘技通信」編集長でもある谷川が、古巣であるベースボール・マガジン社から上梓した回顧録だ。
去る10月14日、2011年9月25日以来1年以上ぶりに日本でK-1プロ大会が行われた。しかしこの興行が、かつてのK-1とは別の法人によって運営されているのは格闘技ファンなら誰でも知っていることだろう。
2002年12月に創業者である石井和義が脱税容疑で起訴され、K-1は存続の危機を迎えた。そのとき石井から指名を受けて翌年からK-1のイベントプロデューサーに就任し、運営会社FEGの代表取締役としてこの興行を引っ張ってきたのが谷川だった。だがそのFEGはすでに企業としての命脈を絶たれている。2012年5月7日にオランダの選手のマネージメントを行うゴールデン・グローリーからファイトマネーに関する訴訟を起こされ、FEGは東京地方裁判所から破産手続き開始の決定を受けた。
ファイトマネーの不払いに関しては2011年から12年にかけてさまざまな風説が流布したが、本書で谷川が主張するところによれば、そのすべてが真実ではない(特に、最初に口火を切った某選手にはまったく未払いはないとのこと)。要するに資金の流れが外部からは見えない状態になっていたため、憶測を生む温床になっていたのである。本書は、谷川がFEGの経営者としてその説明責任を果たすために書かれたものだろう。また、「K-1はどこで間違えてしまったのか?」を検証して、格闘技界が二度と同じ過ちを繰り返さないようにしようという狙いもあるものと思われる。
前述したようにFEG破産の最後の一押しをしたのはゴールデン・グローリーのバス・ブーンだが、彼は破産裁判後に谷川に一度だけ電話をしてきている。ブーンは谷川に個人的な恨みはないが真実を知りたいと言い「K-1の商標は正当な移り方をしたのか? 石井館長にも負債を払う責任があるんじゃないか?」ということを公的な場で明らかにするために裁判を起こしたのだと説明したのだという。それは旧K-1ファンの誰もが疑問に感じていることだが、本書では一応谷川サイドからの見解が示されている。気になっている方にはご一読をお薦めしたい。
K-1の熱心なファンではなかったという人にも、本書は興味深い読物になるはずだ。地方の一道場経営者に過ぎなかった石井和義が中央に地歩を築き、瞬く間に怪物興行を作り上げた。専門誌の編集者だった谷川は直感的に石井の才能を見抜き、初期の段階から補佐を行ってきた。K-1の成功以来、世の中では数々の格闘技イベントが創設されたが、ライバルだったPRIDEを除けば国内ではすべてが短命に終ってきた。それがなぜだったかを谷川は「TVという巨大メディアを最初から巻き込めたか否か」の違いだと分析している。
谷川はボブ・サップ起用に始まるいわゆるモンスター路線で、生真面目な格闘技ファンからの批判を浴びたのだが、それも無理からぬことだったということが本書を読めばわかる。谷川にとってはTV局を動かし、その結果として社会現象を巻き起こすことがすべてであり、その関心は格闘技ファンを飛び越えてもっと広い外を見ていたのである。このメルマガをお読みの方には改めて説明の必要もないと思うが、これはアントニオ猪木の言うところの環状7号線の理論である。
金の流れをめぐるゴシップ趣味で読め、興行論の成功者からその実際を学ぶ本である。
と締めくくると綺麗にこの原稿は収まるのだが、それだけで語りつくしたことにはならないのが本書のおもしろい点だ。この本には人間・谷川貞治の地と思われる一面が随所で顔を出しており、それを拾い読むだけでも十分におもしろい。基本的にはあったこと、事実を追う形で記述は進んでいくのだが、ところどころにのんき極まりないエピソードが挿入されているのである。たとえばベースボール・マガジン社で当時の「週刊プロレス」編集長だった杉山頴男に人事面接を受けたとき、どうせ受からないと思ってストロング・マシン1号の中身が誰かを聞いたという話などがそれだ。
また、これは自覚していないと思われるが、ところどころに失礼な記述があるのにもひやひやさせられる。全体のトーンは「平謝り」なのに、その個所だけ態度が「てへぺろ」なのである。たとえば第64代横綱である曙についての記述。これもご存じの方は多いと思うが、引退後相撲協会で不遇をかこっていた曙に駄目元で2003年大晦日参戦のオファーを出し、PRIDE・猪木祭りとの興行戦争に谷川は勝利したのである。いわば谷川にとっては大恩人でもあるはずなのだが、そして参戦オファーのくだりではそれなりに敬意を表して曙については書いているのだが、少し後にこんな記述が出てくる。
――(前略。モンスター路線に触れて)ボブ・サップなら誰とやらせればいいのか? ボビー(オロゴン)なら誰とやらせればいいのか? 曙なら誰とやらせればいいか? まあ、曙は最後まで勝ってくれなかったけど(笑)。(後略)
(笑)じゃないよ! そこでつけなくてもいい(笑)をつけ、「てへぺろ」にしてしまうのが谷川貞治という人の恐ろしさである。
本書を読み終えたとき「おかしいなあ、題名は『平謝り』なのに、どうも平伏して誤っている感じが伝わってこないんだよなあ」と首を傾げてしまったのだが、その原因は誠にもって効果的な個所でつけられている(笑)にあるようである。
実はもっとたくさん、要らないところにも(笑)がつけられているという印象を持っていたのだが、読み返してみてその記憶は間違いだと判明した。「まえがき 0」「第一章 0」「第二章 2」「第三章 1」「第四章 0」「あとがき 0」が正解である。私より上の世代のもの書きの中には1980年代雑誌文化の影響なのか、やたらと(笑)を連発する人がいて時代遅れな感じを受けてしまうのだが、さすが谷川貞治、文章はまだまだ現役であった。
だが、この3箇所の(笑)が問題だ。推測するに、そこは緊張感が緩んでしまっているのだと思う。「ホントは『平謝り』だから、笑ってちゃいけないんだよね。でも、おっかしいしなー。読者の人もつい吹き出しちゃうところだろうし……いいや、つけちゃおう!」という無意識の段階を経由して、この(笑)がつけられたのに違いない(妄想)。つまり(笑)のあるところこそが、谷川貞治の本音中の本音が噴出している個所なのだ。
でもその相手が問題なのである。3箇所の(笑)のうち、1つは前述したとおり曙につけられている。あとの2つはいったい誰だと思いますか?
石井和義と百瀬博教だ。
本稿は「水道橋博士のメルマ旬報」連載を許可を得て転載しているものです。「メルマ旬報」は月3回刊。杉江松恋の連載「芸人本書く列伝」はそのうちの10日発行の「め組」にてお読みいただけます。詳しくは公式サイトをご覧ください。