以下は2017年最初の「メルマ旬報」原稿だった。2019年もインフルエンザに罹患したが、この年もやられていたらしい。このときはまだ自分が成金メンバーの一人の聞き書き本を担当することになるなど、知る由もない。
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あけましておめでとうございます。元旦早々インフルエンザに罹患したことが発覚し、強制寝正月となりました。みなさまはどのような新年を迎えられたでしょうか。
2016年末の国民的関心事といえばSMAP解散ということだったようだが、私の周囲ではそれよりも、「今度の『宇宙戦隊キュウレンジャー』は最初からメンバーが9人いる構成だがちゃんとキャラクターを描ききれるのか」という話題で持ちきりだった。スーパー戦隊シリーズ最多で、プロトタイプである『忍者キャプター』の7人をも上回る。「『サイボーグ009』だって008みたいにほとんど活躍の舞台がなかったやつがいるんだが本当に大丈夫か」と余計な気を回す者が続出したのである。
しかし、世間にはそれをさらに上回る集団がいる。
「11人いる!」と、キュウレンジャーでやきもきした人々はさらなる驚声を上げることだろう。しかも宇宙大学の卒業試験のために宇宙船に閉じこもった11人よりも各人の個性が際立っている。しかも恣意的な人選ではなく、自然発生的に集まったユニットでもある。こうした形で成立したのは、他のジャンルでは過去に類例があるのかもしれないが古典芸能の世界では史上初といってもいい。
落語芸術協会の若手集団〈成金〉のことだ。
2016年12月に刊行された『成金本』は、その〈成金〉のファンブックである。
版元は、以前紹介した瀧川鯉昇『鯉のぼりの御利益』と同じで、日本唯一の演芸専門誌「東京かわら版」刊行会社になっている。したがってこの本にはISBNコードが付けられておらず、置かれている書店も限定されているのだが、どうぞご容赦いただきたい。最も確実な入手方法は「東京かわら版」で調べて、〈成金〉メンバーが出演している落語会で直接手売りしてもらうことなのだが、その「東京かわら版」がまた一般流通はしていないのだった。世の中にはインターネットというものがあるので、そのへんは各自調査ということで、ひとつ。
『成金本』は〈成金〉メンバーそれぞれの原稿と、各自の師匠との対談記事で構成されている。全体の概説にあたるのが演芸研究家でもあるサンキュータツオの、1万字に及ぶ「ひとり語り」だ。ここを読めばだいたいのことはわかるはずなので繰り返さない。むしろ、〈成金〉とは何か、ということをご説明したいと思う。
前段階として、落語芸術協会の二ツ目、というくくりで若手が注目されていた時期があったということを書いておくべきだろう。
ご存知のとおり東京には4つの落語団体があり、そのうち落語協会と落語芸術協会が社団法人化されている。つまり半ば公的な存在なのだが、前者に比べると後者には新しいことを積極的に行っていく傾向がある。前座から二ツ目、二ツ目から真打という昇進人事についてはむしろ落語芸術協会のほうが固定的なので、これはあくまで行事や興行に限った話である。その一例が群馬県の草津温泉で開催されている温泉らくごだ。落語芸術協会はここで1年365日、二ツ目が高座を務める落語会を提供しているのである(最近は落語協会にも門戸を開いている)。私が初めて温泉らくごを聴いたのは2014年9月だが、その1年以上前から会は始まっていたという記憶がある。落語芸術協会の二ツ目はおもしろい、という評価があって温泉らくごが始まったのか、あるいはそうした形で起用されるようになって注目が集まったのか、経緯は定かではない。2014年には、若手にそうした形で活躍の場を与えるのは至極当然、という空気が出来上がっていた。
〈成金〉の成立は2013年9月である。演芸関係に強いCDショップ、ミュージックテイト西新宿店はインストアイベントとして貸席事業を行っている。そこで毎週金曜日に落語芸術協会の二ツ目が上がる落語会が始まったのだ。メンバーは11人固定で、そこから4人が交替で出演する。「会いに行けるアイドル」として活動を開始したのがAKB48なら、〈成金〉は「会いに行ける二ツ目」だった。2010年代までの落語界においては二ツ目が定期的に上がれる席は存在せず、単発的な興行を客のほうで探さなければ、それこそ「会いに行く」こと自体が難しかったという時代的背景が前提にある。その点に着目し、「会いに行く」ことを習慣化させた、という点が〈成金〉の優れた着眼点なのである。
また、〈成金〉という名称が象徴しているようにメンバーに上昇志向があり、それを隠さずに誇示している点も落語家としては珍しかった。過去にはいくつものユニットが誕生したが、「研鑽」を前面に出したものが多く、「売れるため」とはっきり割り切って活動を開始したものは珍しかったように思う。〈成金〉の場合は初めから拡大志向が織り込み済みであり、開始後1年が経過した2014年12月には、ミュージックテイトの収容規模を遥かに超える会場において〈大成金〉を開催、成功させている。これによって業界内の認知度は急上昇し、2016年には落語芸術協会の公式行事である〈芸協まつり〉の中で〈成金〉興行が目玉の一つとして扱われるなど、切り札的なコンテンツと見なされるようになった。今回の『成金本』も間違いなく「ここらで公式本を作っておくべきだろう」という観点で立案されたもののはずである。
このくらい注目度が上がればテレビから声がかかってもおかしくはない。現に2016年には、メンバーの何人かが「イケメン落語家」として情報番組で紹介されるような動きもあった。しかし賢明なことに、〈成金〉はマスメディアで消費されることを選ばず、あくまで興行を重視し続けた。バラエティの世界ではその他大勢の芸人として扱われるだけだが、寄席の世界に軸足を置いていれば、自己同一性は保たれる。この戦術の弱点は、各人のキャラクターが口コミでしか広まっていかないことなのだが、それを補う意味があるのが『成金本』なのだろう。本書を読んだ人がどの程度実際会場に足を運んでくれるのか、〈成金〉メンバーは冷静に観察しているに違いない。
ここで11人それぞれのプロフィールを簡単に紹介しておく。以下、香盤順である。
・柳亭小痴楽(楽輔門下)。1988年生まれ。2005年2代目桂平治に入門。2009年11月、二ツ目に昇進。
・昔昔亭A太郎(桃太郎門下)。1978年生まれ。2006年入門。2010年2月二ツ目に昇進。
・瀧川鯉八(鯉昇門下)。1981年生まれ。2006年入門。2010年8月、二ツ目昇進。
・桂伸三(伸治門下)。1983年生まれ。2006年春雨や雷蔵に入門。2010年8月、二ツ目昇進。
・三遊亭小笑(笑遊門下)。1980年生まれ。2007年入門。2011年3月、二ツ目昇進。
・春風亭昇々(昇太門下)。1984年生まれ。2007年入門。2011年4月、二ツ目昇進。
・笑福亭羽光(鶴光門下)。1972年生まれ。2007年入門。2011年5月、二ツ目昇進。
・桂宮治(伸治門下)。1976年生まれ。2008年入門。2012年3月、二ツ目昇進。
・神田松之丞(松鯉門下)。1983年生まれ。2007年入門。2012年6月、二ツ目昇進。
・春風亭柳若(鯉昇門下)。1971年生まれ。2008年入門。2012年9月、二ツ目昇進。
・春風亭昇也(昇太門下)。1982年生まれ。2008年入門。2013年1月、二ツ目昇進。
こうして眺めてみれば一目瞭然だが、〈成金〉とは2005年から2008年までに落語芸術協会に入門し、前座修業を共にした者の集団なのである。
抜擢のある落語協会と異なり、落語芸術協会は基本的に年功序列である。したがって学校の先輩後輩のように、入門時の関係がそのまま永久に引き継がれるのだ。また、前座の修業期間は4年と定められている。いちばん最初に入門を果たした小痴楽と前座機期間が重なるのが昇也まで、ということなのだ。修業の苦楽を共にした若手が、二ツ目になって自由を手に入れ、そのまま一緒に売れるための努力を始めた結果が〈成金〉になった。
年齢でいえば最も香盤が上の小痴楽が最も年下である。宮治と柳若は会社員、羽光は漫画家とユニット芸人、というように他の職を経験してから弟子入りしているメンバーもいる。〈成金〉の意思決定はすべて合議になっているというが、香盤に縛られない集まりであることの意味は大きいはずである。
11人のうち、神田松之丞だけが日本講談協会にも属している講談師、羽光は落語芸術協会唯一の上方真打である笑福亭鶴光の門下である。キャラクターという観点で見れば、このようにそれぞれ被らない属性も持っている。早くからロケット砲のように突出して売れたのが宮治、イケメン落語家として一時騒がれた小痴楽と昇々、新作落語を武器にしてサブカルチャー好きの客などに根強い支持を広げつつある鯉八には、中学校時代から小笑と一緒だったという幼なじみ属性もある。多岐にわたる個性を有しているのだが、それでもかき集めではなくて自然発生的にできた集団なのである。他のユニットに比べて〈成金〉が優位を保っているのは、その偶然の要素も大きい。
それぞれのメンバーがどのようなプロフィールなのか、どういうことを今自分の芸について考えているのか、という部分は、ここでは書かない。現在最も旬と呼べる若手落語家に関心を持った人は『成金本』をぜひとも読むべきなのである。10年後に振り返ったとき、二ツ目という落語家の地位が持つ意味はここで変わったと言われることになるだろう。その同時代観測を行ったものとして本書は歴史に残るはずだ。
本稿は「水道橋博士のメルマ旬報」連載を許可を得て転載しているものです。「メルマ旬報」は月3回刊。杉江松恋の連載「芸人本書く派列伝」はそのうちの10日発行の「め組」にてお読みいただけます。詳しくは公式サイトをご覧ください。