ないもの、ありえないことを現出させる驚異の筆力。日本ホラー小説大賞作家が描くかくれざと三篇
恒川光太郎の最新作は、密度のある語りが楽しめる一冊だ。恒川は、短篇「夜市」によって第十二回日本ホラー小説大賞を受賞した作家である。本書は、受賞作を収録した同題短篇集と第一長篇の『雷の季節の終わりに』(ともに角川書店)に続く第三の著作ということになる。
『雷の季節の終わりに』が、この世の現実から隔絶した隠れ里を舞台にした小説であったように、これまでの恒川作品にはすべて、この世ならぬ場所が描かれてきた。「風の古道」(『夜市』所収)の古道は特に印象深い。我々が何気なく使っている道のどこかに、異界への出入り口があるのだ。手で触れられるほど近くにあるのに、見ることも触れることもできない異界。その存在を、恒川は驚嘆するほどの質感で描いてきた。ないもの、ありえないことを現実感のある言葉で表現する天才なのだ。
本書でいえば「神家没落」、家が別の場所へと移動していくときに、建物の中にいる主人公を襲うブラックアウトの感覚――。「座っているはずだが、座っている感覚はない(中略)手は何にも触れない。そもそも腕を動かしている肉体感覚がなかった。自分が目を開いて暗黒を見ているのか、視力を失ってしまったのか、それもわからなかった」
交通手段が満足ではなく、集落がみな隔絶した状態に置かれていた時代、ムラには訪なうカミ、マレビトがやって来ていた。「神家没落」に披露されるのは、各地を訪なって回るイエ、つまりマレビトの任を担う家屋という仰天の発想である。主人公はふとしたことからその家屋の中に閉じこめられてしまう。表題作は、十一月七日という一日を何度も繰り返すことになる女性の話である。その一日が、彼女の牢獄なのだ。十一月七日から次の十一月七日に身体が移動する場面に鳥肌の立つような優れた感覚描写がある。
残る一篇、「幻は夜に成長する」は、幻術の能力を持ってしまったため、悪人に利用されることになる少女の物語だ。この短篇で描写される「ありえないもの」が何であるかについては、ここでは伏せておきたい。
現実から少し浮き上がったところには夢のような安らぎがある、と本書の三篇は告げている。「秋の牢獄」で主人公たちが享楽する、長いバケーションは、その象徴だ(夏休みの最後の一日が永遠に終わらなければいいのに、と思ったことのある人は多いでしょう。それが実現するのである)。桃源郷に遊ぶ幸せと帰ることのできないさみしさが、背中合わせの形で描かれるのである。竜宮城行きの片道切符が本を開けば得られるだろう。