第二十二回日本ホラー小説大賞は澤村伊智『ぼぎわんが、来る』に授けられた。単行本収載の選評によれば満場一致の高評価だったようだ。一読納得、たしかに凄い作品である。
田原秀樹の身辺に不穏な影が迫り始める。彼を会社に訪ねてきた怪しい人物は「チサ」という言葉を口にしたという。それは間もなく誕生予定の、彼の娘の名前を指していた。伝言を預かった後輩社員は謎の傷から出血して入院してしまう。田原には一つ心当たりがあった。今は亡き伯父が恐れていたという怪物・ぼぎわんである。彼も小学生のとき、祖父母の家の玄関越しではあったが、それらしき影を見たことがあった。
三部構成の小説は、第一部が田原、第二部がその妻というように視点人物を変えながら続いていく。この構成が作品に意外性を附与している(私はアイラ・レヴィンの某作品を思い出した)。前半はただただ不安を募る展開、闘うべきものの正体が見極められると、後半では激しい闘争が繰り広げられるというように、転調効果も抜群だ。霊能力者対妖魔という闘いが安っぽくなく書かれている点も素晴らしく、万人にお薦めできる娯楽大作だ。
『粘膜蜥蜴』などの伝奇ホラーで知られる飴村行の新作『ジムグリ』は、黄泉族と呼ばれる地底人が登場する作品だ。戦前の日本に彼らは突如出現したが、その存在が徹底的に隠蔽されたため、逆に憶測の対象となった。民俗学者でもある作家・大田原樂(モデルは三角寛)は彼らを題材に幻想譚を書き上げて人気を博したのである。それから歳月が経った現在、内野寛人の妻・美佐が「トンネルにまいります」との書き置きを遺して失踪する。行く先は封印された虻狗隧道に違いなく、彼は禁忌を恐れつつも妻を追う。物語の後半で開陳される黄泉族の世界は、前作『路地裏のヒミコ』などを連想させる超理論の支配する場所で、その支離滅裂さに凄みが漂う。この手のものに免疫のない読者はご注意を。
しかし非常識さと不道徳さでは、吉村萬壱『虚ろまんてぃっく』が二〇一五年の白眉だろう。二〇一四年に『ボラード病』『臣女』の二作でで世間に衝撃を与えた作家の最新作品集である。収録十篇はいずれも刺々しい人間不信の態度に満ち溢れている。人間をベルトコンベアに載せられる製品のように扱う「希望」や永遠の行進を無感動に描く「行列」、空間を満たす言語の無意味さや不完全さを逆説的に表した表題作、高齢者の世界を醜くデフォルメして見せる「樟脳風味枯木汁」や「大穴(ダイアナ)」など傑作揃いなのだが、我こそは精神の頑丈さ、神経の太さに自信あり、と自負される方にはぜひ「家族ゼリー」をぜひお読みいただきたい。絶対にめげるから。そして世界を不安な目で見るようになるから。