もうかれこれ三十年以上も私は東京都の住民なのだが、最近になって変わったことがある。都の公報紙「都政だより」にやたらと都知事の顔写真が載るようになったのだ。前任者の青島幸男のころまではそういう慣習はなかったので、これは石原慎太郎の意識的なパフォーマンスなのだろう。私はそれを見るたびに、(失礼ながら)都知事選で敗北した明石康氏のことを思い出してしまうのである。
明石氏の国際的知名度は並じゃない。なんたって元UNTAC代表なのだ!それがあっさりと落選してしまうというところに、日本国民の特異性が表れているのだと思う。いや、大袈裟な言い方だが。結局、同胞が海外で何をしようが、さほど関心がないのだろう。カンボジアにしろコソボにしろ、他人事なのである。他国と比べ、異常なまでの温度差を感じる。
そこで今回の『空爆されたらサヨウナラ』だ。この題名はアンコールワット取材を目指して内線中のカンボジアに単身潜入し、客死した写真家一ノ瀬泰造の遺著『地雷を踏んだらサヨウナラ』を踏まえてつけられたものだろう(作者の宮嶋茂樹は日大芸術学部の出身で、一ノ瀬の後輩に当たる)。
作者の名は、愛称の「不肖・宮嶋」の方が通りがいいだろう。彼はわが国でも有数の「肉体派」写真家である。その実力は過去の著作でも明らかだろう。カンボジアPKOに押しかけ、なんと基地の外側に自らキャンプを張って取材を敢行した(ゲリラその他の脅威から身を守るすべはないにも関らず)『ああ、堂々の自衛隊』(双葉文庫)、南極越冬隊に同行して極寒地獄に耐え抜いた『不肖宮嶋、南極観測隊に同行ス』(新潮社)など、蛮行ともいえる冒険の数々には度肝を抜かれる。しかもその原動力となるのが、単なる正義派の義憤ではなく、野次馬的根性ともいえる好奇心であるところがなんとも凄い。なにしろ、あの湾岸戦争終結後に現地に乗り込み、「祝・停戦!湾岸原色美女図鑑」と称して現地の美女を撮りまくるという、国によっては激怒して銃殺にされかねない企画をものにしてしまう男である(『死んでもカメラを離しません』クレスト新社)。彼にくらいつかれたら、どんな国家機密であろうと、内情を露呈せずにはいられないのだ。
本書はいまだ記憶に新しいユーゴスラヴィアのコソボ紛争を取材した宮嶋の最新冒険記だ。内戦が激化し、空爆によるNATO軍の軍事干渉が強まる中、不肖宮嶋は「しめた!これでNATO諸国のジャーナリストは国外退去。ピューリッツァー賞を手にするのは今が好機」と欣喜雀躍してユーゴスラヴィアに入国していく。なにせ現地は非常事態、ホテルで眠っている間に近くの内務省の建物が空爆されて消滅するなんてことはザラだ。取材陣もまた例外ではなく、取材用のバスに乗る前には、「万が一の事が起きても一切当局は責任をとらない」旨の念書にサインさせられる始末。それでもハイエナよろしく血なまぐさい現場取材にかじりついていくのだから、肝据わっている。そのカメラがとらえたものは、巧妙な情報操作によって目隠しをされた日本人には知る由もない、戦地の空気なのである。正直言って私も本書を読んであの戦争に対する印象が一変してしまった。一読お薦めする次第。
※この後にもう少し本文が続いていたのだが、事実誤認があったので省略する。宮嶋茂樹氏と、たい焼きの写真で有名な宮嶋康彦氏を混同したことを書いてしまっていたのである。20年前のことだが、改めて両氏にはお詫びを申し上げる。
(初出:「問題小説」1999年9月号)