(承前)
今度はふしぎな古本屋はてなやを出たあとの話。またもやはてなやであれこれ買い物をしてしまい(ちゃんと100円均一棚を見たら、要るものがたくさんあったのだ)、店を出たら14時をまわってしまっていた。余裕があれば富士までとって返して身延線に乗ろうと思っていたのだが、ちょっと手遅れである。かといってこのまま帰ったのでは不効率もはなはだしい。戻って神奈川県内で少し回るか、先に少し進んでおくか。
進む、と卦は出た。
目的地は焼津の港書店である。
東海道歩きで何度も通っている静岡県だが、実はなじみの薄い地域がある。JRの駅でいうと、焼津と西焼津、菊川といったあたりだ。駅は山側なのだが、この付近で東海道は内陸部、山越えの道になっているからである。これまで下りたことがない駅なので、機会があったら焼津や菊川には行かなくては、と思っていた。それっていつだ。今だ。
またもや静岡鉄道で草薙駅まで戻り、JR東海道線に乗り替える。三日間でいったい幾度この駅を通過したことだろうか。そこから浜松行きに乗って約30分で焼津である。
焼津といえば半次、という世代なのだが、正確にはもうちょっと下だが、この街にはあまりなじみがない。これまでもたびたび参考にさせてもらっている、古本屋ツアー・イン・ジャパンのサイトがなければ、ここに古本も扱っている本屋・港書店があることは知りえなかっただろう。感謝である。
■時が止まったような空間はたしかに古本屋だった
港書店への行き方は簡単だ。駅から延びている新みなと通りをひたすら進み、途中で昭和通りを右に折れる。しばらく歩くと焼津市役所の前を通り過ぎるが、そこからさらに歩いて信号を二つ超える必要がある。昭和通りの名が神武通りと変わり一つ交差点を越えた先の左側が港書店だ。
実に年季の入った外観なのだが、ミッフィーちゃんの描かれた日除けは妙に新しい。看板には古本屋と書かれていないのだが、店の正面の向かって右に均一棚がある。そこには山本周五郎などの文庫が。よかった、間違いなく古本屋である。
中に入ると中央手前の主柱前がレジになっており、男性の店主が立っている。店内は新刊書店そのものなのだが、普通の本が置かれているのは中の棚だけで、壁際は雑然としている。美術書の古書が平台に積まれていたり、ほとんど社会主義関連の本しかない棚があったり。古本も場所を決めておいているというよりは、新刊棚以外の場所に散らばっているという印象だ。ここはきちんと営業許可をとった古本屋なのだが、想像するに焼津港にやってくる船員さんなどから読んだ本の買い取りを頼まれて、取り引きをするようになったのが元なのではあるまいか。少なくとも市場から仕入れているような形跡はない。
記念に何か、と探していて格好の一冊を見つけた。向田邦子のエッセイ『霊長類ヒト科動物図鑑』の文庫である。向田邦子はいつ読んでもいいものだし、たぶんこれは自宅に今はない。各駅停車で帰りながらぱらぱらめくっていくのもいいではないか。
レジに持っていき、会計をお願いすると、男性店主は意外なほど優しい声でお礼を言ってくれるのであった。たかだか200円ぽっちで却って申し訳ない。
実はこの日、食事を食いはぐれていた。といっても午後遅くの地方都市で店が開いていることを期待するほうが図々しい。昼食抜き、と覚悟していたが、意外にも港書店の向かいに良いお店があった。「ハンバーガーショップ キャノン」、この店名、それを書いた看板、概観のいずれもが、こっちにおいでと手招きをしている。
思わず吸い込まれるように中に入った。すぐのところがカウンターになっており、そこで注文をして中に入るシステムだ。中にはなんと麻雀ゲームのテーブルがあった。さすがに遊べないようだが、そこに座る。
注文したのはハンバーガーではなくて焼きそばであった。いや、知らない街で焼きそばを食べるのが好きなのである。先客の若い人たちが帰るときに店員の女性と話しているのを聞いたら、お店としてのいちおしはハンバーガーでも焼きそばでもなくてホットケーキなのだとか。見ていると、子連れの女性がやってきて「予約した〇〇ですけど」とホットケーキの焼き上がりを待っていた。持ち帰りにも対応してくれているらしい。
焼きそばは青のりではなくて黒いのりを使ったタイプのもので、ソースがねっとりと濃く、一部にマヨネーズ地帯もあって実に美味しかった。今度港書店に来たときは、ハンバーガーかホットケーキのいずれかを試そう、と思いながら退散。これにて静岡行の三日目は終了である。
(つづく)