東海道歩きの模様は別に書くとして。
金谷から掛川まで約15kmを踏破し、各駅停車で再び静岡まで戻った。同じホテルに二泊しており、荷物を置きっぱなしにしていたのだ。ちょっと時間が空いたので街に出る。静岡市内の古本屋であといくつか、回らなければいけないところがあるのだ。
■日曜日は全品20%引き、の硬派古書店
まず足を運んだのは両替町にある安川書店だ。両替町には『東海道中膝栗毛』を書いた十返舎一九の生家跡があるのだが、その斜向かいくらいである。実は前夜も、富士の中村書店を回ったあとでここに来ていた。だが、すでに閉店後だったのである。安川書店の閉店時刻は18時とかなり早い。前回静岡に来たときも含めれば二回振られており、沼津の平松書店ほどではないが宿題になっていた。今回は日曜日の午後ということで問題なく中に入る。
かなり硬めの本が多いと聞いていたがその通り。形は奥に帳場で、その前に三本の通路がある。中の通路は入口側から直接行けず、帳場前を通過しないといけない。歴史や社会科学、純文学といった分野の専門性が高い本が中心で、右側通路の郷土史関連のエリアには見るだけでも楽しい本が集まっている。文庫本は若干あるものの、ほぼ端本扱いだ。海外文学関係で気になるものがあったが、旅先で買いたくなるほどの衝動は感じず、今回は残念ながら手ぶらで外に出ることになった。しかしながらまた来たいと感じさせる棚の古本屋である。
そこから両替町通りをまっすぐ進み、土手通りにぶつかったら右折する。大きな道の昭和通りも渡ってとにかく直進。そうすると道の右側に出て来るのが、ブックスランド馬場町店である。
■新古書店風の名前に騙されてはいけない実力派
この店の外観上の特徴は、店頭を埋め尽くす均一棚だろう。右が大型本、左が文庫及び単行本で、それぞれが非常に濃厚である。ここだけで満足して帰ってしまう人もいるのではないかと思うくらい。
中に入ると横長の店内で、入口と向き合う辺に帳場がある。それと垂直関係に棚が四本並んでいる。ざっくりと分けると、民俗学・社会学、文学、コミック、文庫ということになると思うのだが、他のものも混じっているのでこの限りではない。その棚を囲むような形で壁際にももちろん棚があり、右奥の歴史や民俗関係、左奥のミステリー棚などに私は興味を持った。昭和のミステリー作家の珍しいノベルスなどの、保存状態のいい本がそこかしこに置いてあるので気になる人は目移りがすると思う。店頭の均一棚に角川文庫黒背の横溝正史が大量にあって最初はおっと思ったが、中に入ってみるとそれよりも珍しいタイトルが何点も置いてあった。値付けは全体的に安めで、均一棚にどんどん放出しているようである。ここで迷った本がいくつかあり、結局は林家彦六『噺家の手帖』(一声社)を買って外に出る。出てから均一棚に、某全集のばら売りが1冊100円で出ていることに気づいたが、さすがにそろそろ重量オーバーである。
■あべの古書店にてショージ君風に逆上す
ブックスランドはもう一軒あるはずだが、今回は時間切れになりそうなので見送る。馬場町店のすぐ先で土手通りは浅間通りにぶつかる。角を左折してすぐのところにあるのが、先日は休みだったあべの古書店である。ここがおそらく今回最後に訪れる古本屋になるだろう。気合を入れ直して店に入る。
仰天した。先日の均一棚の充実ぶりから推測可能であったが、店の中はさらなるレベルの高さだ。店は主部が中央棚で分割された縦にかなり長い逆凹型をしており、左にコーヒーカップの持ち手のようなコーナーがくっついている。このコーナーが専門性高く、ずらりと郷土史関係の本が並んでいる。あべの古書店の特徴はとにかく棚が細分化されていることで、郷土史というだけではなく「郷土のスポーツ選手」というような小見出しがつけられているのである。その郷土史関係と向かい合うようにあるのが芸術・芸能関係。これももちろん、映画・演劇から歌謡・音楽まで細かく分けられている。
このコーヒーカップの持ち手の裏は手前が希少コミック、奥が美術関係である。それと向き合う形である中央の棚は手前がやはりコミック。ここにも曙出版の単行本など、雑本ではないものがずらぶらと並べられている。奥は戦争関係などの歴史ものが多く、帳場前には戦前戦後の文学や雑誌が置かれている棚がある。「別冊宝石」などの探偵小説誌もこのへんだ。私は「見つけたら絶対に買わなければいけないリスト」に入っている日本出版共同版の『地下鉄サム全集』4巻を見つけてしまい、この時点でもうかなり気分が高揚している。
残る右エリアは最深部が幻想文学の棚で、その手前は文学系が多くを占めている。中央棚左側の手前は児童文学エリアである。説明していなかったが、店に入ってすぐのあたりはだいたい文庫棚になっている。これは全部100円均一。文庫はほぼすべて100円なのだ。なるほど休みの日の均一棚が充実しているわけである。静岡の古本屋には「文庫は全部100円」というシステムの店が多いように感じたのだが、白眉はこのあべの古書店ではないだろうか。くどいようだがどんなものでも100円。ブックオフの108円棚よりも安く、もっといいものが100円だ。ああ、血圧が昇る。
いろいろ血迷いながら店内を歩く。罠はたくさんあるが、なんとか『地下鉄サム』だけで外に出られそうである。そう思って念のため二度目の巡回を芸能関係にしたところ、とんでもないものを見つけてしまった。『金語楼落語名作劇場 笑わない人は笑わない』(新風出版社)が上中下の揃いである。爆笑王柳家金語楼の新作落語を集めた全集だ。おそるおそる値段を確認すると、このくらいは、と覚悟した額の半分以下である。迷わず購入決定。ひさしぶりに古本屋で涙が出そうになった。
帳場で勘定をしてもらう際、もう一つの驚きがあった。平積みで一冊だけ残った、八木富美夫『静岡県の遊郭跡を歩く』(カストリ出版)という本がある。タイトルと表紙を見ただけでそれがどんな本かはわかる。ポップに「以降の増刷予定はないそうです」とあり、これまた買わなければならないと決意した。店主に手渡しお金を支払う。今回いちばんの額だが、相場から言えば全然高くないはずである。なんというお値打ち感であろうか。
やや逆上しつつホテルに戻り、妻と合流した。この夜はまたしても多可能に行くことになっていたのである。素晴らしすぎるアジフライとホッピーで乾杯。今しがたの大収穫を噛みしめながら、したたかに酔ったのである。