街てくてく~古本屋と銭湯、ときどきビール 2019年5月・彩の国所沢古本まつり

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たぶんこのイベント以外で下りたことがない駅。それが私にとっての所沢。

古本屋には独特の香りがある。

香りと書いたが、臭いと表現する人もいるだろう。埃に過敏な向きだとアレルギー症状を引き起こすかもしれない。

私はあの匂い、好きだけどな。特に好きなのは、そんなに埃っぽくない、午後になるとサッシを越えて斜めに陽射しが入るようなお店の、土間に置かれた平台付近の匂い。ここで長い時間を過ごしてきたな、と初めて来た店でも思わず錯覚してしまう。デジャヴというやつだ。

そんな既視感を先日も味わってしまったのである。棚を見ながら、ここは知っている、というか、つい最近ここに来ている、という感覚が湧き上がってきたのだ。でも、絶対にそんなことはない。

なぜならば、その日始まったばかりの第90回彩の国所沢古本まつりだったからである。

それが初日なんだもの。来ているわけがない。

彩の国所沢古本まつりは年4回開催で、最近は所沢駅東口前のくすのきホールで開催されている。大きな会場を埋め尽くさんばかりに展示台が並べられる、埼玉県では最大の古書市だ。業者は埼玉だけではなく、関東近郊から集まってきている。拙宅の近所の業者も店を出しているのを発見した。

くすのきホールはビルの8階にある。1階のエントランスを入るとそこにも均一棚があり、けっこうたくさんの本が並べられている。ショッピングモールの古本市なら、これだけで成立するぐらいの規模だ。中に東洋文庫やポケミスが多い台があり、そこをまず点検する。手前にはミステリーやSFの文庫が充実している店もある。

とりあえず均一棚の本は帰りに買うことにして、まずは8階に。直通のエレベーターを降りると、さまざまN全集の揃いで作られた山が目に入る。壮観である。中に入ると、右手前にまず大判本のラックがあり、対称の位置の左側には今回の特集である食関係の見える。壁際コの字に文庫の台が並び、それに囲まれた中、碁盤目状に各店の島が配置されている。

こういうとき私は、まず壁際をぐるりと全部見てしまい、あとはマトリクス方式で縦・横と島を巡回する。この日は時間に余裕がなく、そこまで熱心に本を探したい気分ではなかったので、巡回は縦の一回だけでおしまい。ざっと見た印象だが、鉄道や囲碁将棋、戦争関係の出品が多いように思った。もちろんその間に私の探している海外文学や、民俗、古典芸能関係の本も大量に出ている。ひとつ正・続の揃いで探している本があったのだが、欲しいのは続だけなのと、若干予算オーバーなので見送ることにした。やむをえまい。

くだんのデジャヴを見たのは、4分の3ほど会場を見終わったときであった。

さる店の台に、SF関係の原書が置かれていた。棚刺しではなく平台に背を向けて並べられていたのである。それを見ているうちに、あれ、この本はつい昨日みたばかりじゃないか、という感覚が湧き上がってきたのである。

買わなかった古本の題名を書いてしまうのは控えるが、某作家の本が多めに出ていて、その中に一冊だけ私が好きなある作家の原書が混じっていた。某作家のほうが知名度高く、ある作家は少々前時代的、とだけ書いておこう。その並びに見覚えがあったのだ。

この作家のこの原書、絶対見た。というかこの並びで見た。

本の背のパターンは案外覚えているものだ。文字の配列や地の配色など、本棚を見なれた人なら一定期間は目に焼き付くのではないだろうか。そのときの光景も、間違いなく見たばかりのものである。昔見た、くらいではなくて中期の記憶に刷り込まれている。絶対に見た。夢の中ではなくて現実に見た。

『時をかける少女』のラベンダーの薫りではないが、古本の匂いが引き起こした現象ではないか、と思った。タイムトラベラーなのか私。だが幻視で片付けてしまうにはあまりにも視覚記憶が明晰にすぎる。だって〇〇の隣に▲▲があって。

そこで思い出した。そうだ、たしかに見た。見ているはずだ。

気のせいでもなんでもなかった。その棚は、先日訪れた新橋古本まつりそのままだったのである。SL広場で行われるあれだ。

つまり業者が、新橋で並べた原書の束を、よっこいしょうと持ち上げて箱に詰め、それを所沢に持ってきて同じように陳列したのだろう。本の並びが同じになるはずである。

残念ながら超常現象でもなんでもなかった。

結局会場では最近買い直しているカトリーヌ・アルレーを1冊だけ買った。1階に下りてもう1冊アルレー。そしてダブってそうだが置いてくるにはもったいないポケミスを数冊。総額1000円にもならない買い物であった。これでいいのだ。

まだ時間が早かったので所沢駅から2駅先の新所沢駅へ行く。駅を出てちょっと行った商店街の外れに祥文堂書店があるのだ。古本市に行ったはいいが、個人経営の古本屋に行かないとどことなく気持ちの収まりが悪い。ごりごりするものがあったので、わざわざ回ってみたわけだ。ところが間が悪く、店は閉まっていた。いや、入口は開いているのだが看板はしまわれており、中の人がいる気配もない。これはまた所沢に来いということなのだと早々に諦めて、西武新宿線上の人となった。

祥文堂。よく見ると店内に看板がしまわれている。

ごとごとと揺られて帰途につく。ところが東村山まで来たとき、むくむくといけない考えが頭をもたげてきてしまった。

たしか、国分寺でも古書市をやっていたはず。

そうなのである。4月の下旬くらいから6月頭まで、駅ビルの中で古書市が開催されているのだ。東村山からは西武国分寺線で20分もかからない。夕方だしおなかも空いているしそろそろ帰らなくては、と理性が働いたのに、気が付けば列車を飛び出して、別のホームに移動していた。

やれやれ、家がどんどん遠くなっていく。(つづく)

祥文堂のすぐそばにあるパン屋さんで買ったコロッケサンド。ソースをかけてくれた。これが美味しかったからいいのだ。コロッケサンドを買いに新所沢には来たのだ。

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