街てくてく~古本屋と銭湯、ときどきビール 2019年6月・反町孫悟空、新丸子甘露書房

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ぼくはオンライン古本屋のおやじさん (ちくま文庫)駈け出しネット古書店日記

今から二十年近く前に、インターネット古書店のブームが来た。ブームが来たというよりも、それまではアナログでしかやり取りがなかった世界に、ようやくデジタルの波が押し寄せてきたのである。

自分に引き寄せていえば、店に行って棚から本を抜いて帳場に持っていくという作業を伴わず、目録だけを見て、そこから注文するという流れで本を最初に買ったのは、町田市にあって先月閉店宣言をした高原書店だった。目録といっても紙である。登録していると、希望者に毎月新着本を入れた目録が届くのだ。

そういう目録がいくつかあり、たとえば蒲田の龍生書林や江古田の落穂舎などの目録が誰かに届くと、それを見て合同で注文をするようなこともしていた。森英俊さんが海外から買い付けた原書を目録で販売し始めたのはそのころか、もっと早かったか。

インターネットの古書店ができて、そこと直接やりとりができるようになった。さらにAmazonを通じて海外の古書店からも本が買えるようになり、古本の革命が起きる。それまで稀覯本とされていたものに手が届く時代が到来したのである。

というのは枕で、二十年前にはインターネットを切り口に古本屋を始めた人が多かった、という話をしたかったのだった。最も身近な人ではライターの北尾トロさんだ。おもしろいことが好きなトロさんは、気になる対象を見つけるとまずそれをやってみるという羨ましい冒険心の持ち主で、ルポルタージュ専門誌の「レポ」を始めた際は、私も見習って連載をお願いしに行った。このとき書いたのが『ある日うっかりPTA』の原形である。

今確認したら、2000年にトロさんは『ぼくはオンライン古本屋のおやじさん』という本を出している。ちゃんと確認していないがこれは、早川義夫『ぼくは本屋のおやじさん』に敬意を表してつけた題名だろう。2000年だから、やはり二十年前には古本屋に手を染めていたことになる。

私が西荻窪にあったトロさんの事務所に出入りするようになったのはこの十年以内のことだが、そのときにはもう古本屋事業は辞めておられて、その時代の在庫と思われる本が山と積まれていた。トロさんは長野県の高遠に仲間と語らって古本屋の実店舗を出していたこともある。町おこしの一環として地元の自治体とやっておられたのだ。私も短期間だが、一棚店主として在庫を置かせてもらっていたことがあった。あまり売れなかった。やはり棚は小まめに入れ替えないと駄目なのだ。そんなわけで、末期のトロさんの古本屋時代は横で少しだけ見ている。

もう一人、知人で古本屋を始めた方がいる。文雅新泉堂の野崎正幸さんだ。野崎さんとお会いしたのは、ライターとしての駆け出し時代である。野崎さんはベテランのライターで、隔月刊の「鳩よ!」で私が吉野仁さんとやっていた書評対談の構成を何度か担当してくださった。終了後に一緒にビールを飲んだこともある。

その野崎さんが突然ライターを休業し、神奈川県の山奥(たしか津久井湖か相模湖)で古書店を始めると宣言されたのである。実店舗と同時にネット書店での販売も始められた。その経緯は『駆け出しネット古書店日記』に詳しい。本を送ったのに代金を払わないふとい客との攻防なども描かれていて、なかなかに興味深い本である。

というような話をなぜするかといえば、たぶん15年ぶりぐらいに野崎さんとお会いしたからだ。場所は、東横線反町にある神奈川古書会館である。ここでは年に三回、反町古書会館展が行われている。日曜日の午後、ぽっかり時間が空いたので行ってみようかと思って足を運んだら、野崎さんとお会いしたのだ。出店しているのは知っていたのだが、特にお会いするつもりで行ったのではないので、嬉しい驚きだった。

神奈川古書会館は反町駅から600mほどの場所にある。公園の横をだらだらと歩いていると、見通しのいい道の右側に赤いのぼりが見える。近づいて、ガレージのような場所に古本の棚や平台が並んでいるのを確認した。すでに先客が数名、小さなお子さん連れの若い夫婦もいる。本は文学書が多めで、探偵小説を中心に出しているお店もあった。すでに店舗はなくなってしまった小田原のおほりばた書店など、懐かしい顔ぶれである。エドワード・ケアリー『望楼館追想』がお安く出ているので引き上げる。この本、なかなか再版されなくて馬鹿みたいなプレミアがついているのだが、なんとかならないものだろうか。それ以外に青蛙房『大正・雑司ヶ谷』も購入した。旧版で集めている〈シリーズ大正っ子〉の一冊である。

神奈川古書会館

お勘定を済ませているところで野崎さんが現れ、ご挨拶をした。あとでツイッターで聞いたところでは、私の恰幅がよくなったので言われなければわからなかったとのこと。これでもだいぶ減ったのだが。そういう野崎さんはやや白髪が増えたものの、昔通りの物静かなイメージのままだった。

会館を後にして、少し駅の方に戻り、1号線を横切ってまっすぐ歩く。商店街を抜けて道が再び1号線と合流するあたりに、孫悟空というお店があるのだ。主としてDVDを扱うアダルト店で、店頭にはTENGAの貼り紙などもある。しかしお店に入って最初のスペースは、古本のコーナーなのだ。ここまで来たら一応中を見て帰らなければ。そう思って店に入ったが、棚はいわゆる雑本で漫画が中心である。特に収獲もなく、店を出る。

スーパーモンキーじゃない孫悟空と私。

東横線に戻って、上り電車に乗った。各駅停車でしばらく行き、新丸子で下りる。昼飲みで有名な三ちゃん食堂があるところだが、私にとっては最初の個人同人誌を印刷した、ねこのしっぽがある街である。その節はお世話になりました。

この駅前に詩集の棚で有名な甘露書房がある。18時閉店なので、行ってみるとすでに店頭の均一棚は中にしまわれていた。かろうじて中に入ることができたが、ほとんどの本が即売会用なのか紐がかけられていて手に取ることもできない。しかたなく帳場の店主に黙礼だけして外に出た。その直後に店主がシャッターを下ろしに出てきたので、まるでダンジョンから生還したような気分になる。毎回何も買えないのだけど、また来させてもらいます。そんなわけで日曜日の古本散策、おしまい。

甘露書房。棚は眼福なのだが、どうしても買えない。

ある日うっかりPTA

本書の名づけ親は「レポ」編集長の北尾トロさんである。

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