7月某日
朝起きたら、今日は古本まつりの日だ、という気分になっていた。
古本まつりの日、というのも変なものだが、どこかに行って普段はない場所に並べられた古本を眺めたい、という気持ちである。こういうときは神田の古書会館とか、そういう古本道ゆかしき場所ではなく、普段は古本に縁がないようなところが望ましい。
私は子供のころ多摩市に住んでいた。駅前にグリナード永山というショッピングセンターがあって、定期的にその一階広場で古本市が開催されていたのである。生まれて初めてSFマガジンを手に取ったのもそういう場所であった。ショッピングセンターがいい。普段はお菓子のワゴンセールとかやっているようなところで、古本をじっくり眺めたい。
日本の古本屋サイトで調べると、西東京市のひばりヶ丘パルコで古本まつりが始まっていることがわかった。パルコか。思っているショッピングセンターよりはずいぶん立派だが、まあ、よかろう。今日はひばりヶ丘の日である。
拙宅からは乗り換えもさほどせずに到着できる駅である。パルコがあるのは駅の南口だが、まずは北口に下りる。こちら側には近藤書店があるからだ。北口を出て右手に進み、線路沿いからちょっと左手に折れるか、もしくはロータリーに面したラーメン屋の横の道を奥に入り、住宅地の道を線路のほうに向かって何度か曲がって近づいていくとお店はある。今回はラーメン屋側から近づいたのだが、いくつかの新聞記事を張り付けた掲示板のような木の塀が見えてきたらそこが近藤書店だ。店頭には均一棚が出ているが、折から雨がぱらついていたので、残念ながら蓋がされていた。
見かけは郊外によくある、時代から取り残された古本屋に見える。しかしそれはとんでもない誤解である。店内に入るとすぐに店主の知性が発揮された棚が目に飛び込んでくる。入口から見て縦に本の書棚が置かれており、その通路ごとに本の分野が異なる。左の壁は全集や学術書が多く、この書店でもっとも価格帯が高い本が集まっていると思われる。その対面は小説・文学書関係の棚だ。その右の縦の棚は文庫や新書などが主なのだが、そこに趣味的な本のエリアも混じっている。最も右の縦棚は奥の二列が成年向け図書だが、その手前には演劇や映画、芸能関係の本が入り混じって置かれている。落語の本も持っていなかったら欲しいようなものが何冊かあった。その裏は歴史・民俗関係の本で、右の壁が美術系や大型本ということになる。
じっくり眺めていたい気分にさせられるお店なのだが、折からの湿気で蒸し暑く、とりあえず中を一周するだけで終わってしまった。体調が十分なときに再訪したいものである。
そこから駅に戻り、南口に出る。駅舎の右斜め向かいにあるビルがひばりヶ丘パルコだ。目当ての古本市はその五階で開催されているのである。
エスカレーターを乗り継いで五階へ。ワゴンの連なりと、そこにたむろしているお客さんが見える。ぱっと目に入ったのは児童書だ。あ、小学館の『プロレス入門』がある。私が小学校低学年のときに買って、夢中になった本だ。そこに出てくるザ・コンビクトなどの怪しい覆面レスラーに心を奪われたっけ。「ジャイアント馬場はおしゃれだから付き人に荷物を持たせて自分はいつも手ぶら」といったどうでもいいプロレスに関する知識は、この本からもらったものである。出展していたのは栃木県益子のハナメガネ商会である。うーん、欲しい。そして惜しい。なぜならばそこにあったのは改訂後の菊地孝さん監修版で、私が持っていたのは初版の田鶴浜弘さん監修版だったからだ。値段と相談し、今回は見送ることにする。田鶴浜さんの版だったらもうちょっと高くても買ったけど。
いろいろ見て歩くと、首都圏近郊の知っているお店がたくさん出ていることがわかる。いつもお世話になっている駒込のBOOKS青いカバさんも魅力的な文学書を多数出していた。全般的にサブカルチャー棚に気を惹かれるものが多く、かねてよりの探求書もあったのだが、予算の四倍近い額だったので今回は見送る。欲しい本ではあるのだけど。
結局購入したのは、早川書房のブラック・ユーモア選集からテリイ・サザーン『怪船マジック・クリスチャン号』、そして藤井宗哲『寄席よもやま話』(カラーブックス)の二冊だけであった。両方ともダブりなのだが、前者は函付きなのでいいかと思い購入したわけである。後者は逆にビニールカバーがなかったが、だれか欲しい人がいるかもしれないと思って。
そんなわけで急ぎ足のひばりヶ丘訪問を終え、日本橋へと向かう。お江戸日本橋亭で立川寸志さんが二ヶ月に一度開いている「寸志ねたおろし」なのだ。初演の「鷺とり」、新作落語の再演「豆腐の佐藤」、これもネタおろしの「船徳」と三席。「船徳」は立川流惣領の土橋亭里う馬が故・古今亭志ん朝から稽古をつけてもらった噺だという。つまりは古今亭の系譜のお話だ。堪能して帰り、近所で軽くホッピーをやってこの日はお開き。