3月某日
そういえば、東海道再訪の記事が蒲原で止まってしまっていた。ちゃんとその後も歩いていて、現在は愛知県の二川宿まで到達している。そのことは追々書くことにして、漏れていた古本屋の話題に先に触れておきたい。
東海道のちょうど中間、27番目の袋井宿を訪れたのは2019年の4月1日のことだった。そこで年号が「令和」に替わるというニュースを聞いたのだが、それは別の話。このときは掛川から袋井を通って次の見附宿まで行くつもりであった。1日で歩ける行程だが、朝掛川まで行っていたのでは遅くなるので前泊である。3月31日、年度末の日に急いで仕事を片付け、東海道線の各駅停車に飛び乗った。掛川までは約4時間、その先の袋井駅に、なんとしても19時までに着いておきかった。なぜならば、古本屋の営業時間がそこまでだからだ。この日は日曜日だった。目指すブックスハタは月・水が定休日なのである。翌日の月曜日に掛川から見附宿まで歩く予定であるが、それだとブックスハタには入れない。なので前泊する日曜日にまずお店を探訪してしまい、後の憂いをなくして東海道歩きに挑もうという深謀遠慮の策であった。
無事、日没前に到着。袋井駅を出て、まっすぐ北へ向かう。ずっと行けば東海道なのであるが、その直前で道の左側にお店が見えてくる。袋井駅前では唯一の古本屋となったブックスハタである。オレンジ色の日除けの下、ガラス戸の向こうには灯りが点いている。やった、まだ営業している。
お店はそう大きくなく、入口の右側に帳場があって、店の奥はビデオなども置かれている。
入口から見えている棚は文庫やコミックが主で、文学書などの硬い本は左の壁際が中心だ。その一画にハヤカワ・ミステリなどがちらちらと置かれているのが見えた。黄色い背表紙に目が留まる。アガサ・クリスティー『アリバイ』である。この本、クリスティー作とは歌っているが、その実は舞台劇の脚本を収録したもので、口絵にはその写真もついている。原作は『アクロイド殺し』である。そういう出自なので『検察側の証人』などとは違ってクリスティー文庫などにも入れてもらえず、鬼子扱いされていた。この時点では、まさか〈奇想天外の本棚〉から完訳版の『アリバイ』が出ることになるなど知る由もないので、喜び勇んでレジに持っていく。というか私は既に持っているし読んでいるのだけどダブりだけど持っていく。
「100円です」
店主に言われてさらに喜ぶ。あの棚は100円均一だったのだ。わざわざ日曜日に袋井まで来た甲斐があった、よかったよかったと満足してお店を出た。まあ、ダブりなんだけど。持っているんだけど。誰か持っていない人は欲しいはずなので、これを100円で買うのは正義なのだ。これでいいのだ。
掛川駅まで一駅戻り、駅前のホテルで一泊。「吉田類の酒場放浪記」にも出ていた「酒楽」という居酒屋で軽く飲んで寝る。マグロの刺身がおいしかった。わずか100円の古本で深い満足を味わった1日であった。