7月某日
日本の古本屋のページを開くと「古本まつりに行こう」というコーナーがある。そこを毎日チェックするのが諸姉諸兄の日課になっていると思うのだがどうか。
古本まつりといっても一様ではなく、相性の良し悪しというものがある。私の場合、もっとも相性がいいのが品川区の南部古書会館で開かれる五反田游古会で、いつも何かしらの発見があるのである。5月の同会での収穫は、モンキー・パンチ先生の「怪傑ゼロ」が始まった「少年ワールド」1979年1月号である。「希望の友」として創刊され、後に「コミックトム」になるこの雑誌にモンキー・パンチ先生も連載されていたのだ。記憶が正しければ「怪傑ゼロ」は単行本化されていないはずであり、貴重な拾い物である。
というわけで南部古書会館へ。歌舞伎町が健全化された今となっては二十三区で屈指の歓楽街となった五反田有楽街を抜けた先に建物はある。といってもネオンが怪しく光り輝くのは夜のことなので、昼間は物静かな街である。折り目正しい街の新刊本屋である嶋津山書店の向かいに会館はある。
道路にはみ出す形で並べられた平台には雑誌の山。ここで前回は『少年ワールド』を発見したのだ。その奥のガレージに均一本が山と置かれており、荷物を預けて上がる二階で目録掲載の本が売られている。経験ではこの均一本に私の探している本が紛れ込んでいることが多いのである。
この日も早速発見があった。デヴィッド・ハーパー『ハイジャック』はデヴィッド・コーリーの名前で『星条旗に唾をかけろ!』『日本核武装化計画』の二冊の翻訳がある作家の別名義作品だ。瀬戸川猛資『夜明けの睡魔』でも紹介されていたのでご存じの人は多いと思うが、コーリーの邦訳二作はとにかくへんてこりんな小説である。『ハイジャック』はダブりなのだが一応買っておく。もう一冊、ジェイムズ・ヤフェの『アメリカのユダヤ人 二重人格者の集団』は、安楽椅子探偵ものの名作『ママは何でも知っている』の著者によるノンフィクションだ。
しかし最大の収穫は吉江憲吉『ユース・ホステル建築』(井上書院)だった。1964年刊の本で、これは再版だから1966年版である。海外におけるユースホステル事業を紹介し、同じような理念に基づく青少年のための宿泊施設を建築することを目的とした本だ。ユースホステルとタイトルにはあるが、青年の家や青年会館などもその視野には入っている。
何年か前からユースホステル事業のことは気になっていて関連資料があれば購入して読むよういしていた。本書は「序説」から発見が多い。この本によれば「ユース・ホステルとは、青少年の徒歩旅行のために、宿をかす施設である」と定義されており、「徒歩旅行を考え忘れたホステルは、世間一般の安宿に堕してしまう」と言うのである。つまり、ワンダーフォーゲル運動を通じて青少年の健全育成を行おうという理念がまずあり、そのための宿泊施設をまんべんなく建設するというのが、すなわちユース・ホステルなのだ。なるほど、東海道を始めとする徒歩旅行をしている私が関心を持つわけだ。
十代の頃によくユースホステルを利用していたが、その際は食堂でミーティングが催されるのが常であった。ちょうどフォークソングが流行っていた時代でもあり、ギターをかき鳴らして歌う集いというものが毎夜のように行われていたのである。その雰囲気になんとなく私は気恥ずかしい思いがして、それもユースホステルから足が遠のいていった原因でもあったのだが、本書を読むとあのフォークソング・ミーティングにも意味があったことがわかる。施設の都合上、なるべく多くの人を宿泊させるために寝室は必要最小限の個人スペースしかとれていない。そのため「食堂を兼ね、談話室をも兼ねる」広間が最重要な生活空間と規定されているのだ。なるほど、そうだったのか。
ユースホステルについてこれまでに目を通せている資料は昭和のものが多く、ここ十年くらいの出版物は皆無であるという気がする。上記のような理念はどこまで貫徹できたのか。そして現在でも利用者に共有されているのか。にわかにユースホステルのことが気になってきた。もしかするとこれは掘り下げるべき題材なのかもしれない。
そんなわけで収獲のあった五反田であった。次回は9月、たぶんまた行く。