8月某日
一泊二日で湯河原まで行ってきた。花火大会を海辺のリゾートマンションの最上階から見物しよう、という企画があって、PTA会長同期で集まったのである。私がPTAの会長を辞したのは2011年3月のことだから、もう8年前だ。同期の会長連もみんなそれぞれ年をとって、自分の健康だとか、親の介護といった話題が多くなってきている。だが、まだ人生の先は長いので、こうやってときどき顔を合わせて気の措けない集まりをするのである。
湯河原は二日間とも快晴であった。海に出かけていった者もあったが、私は昼寝専門であった。
行き帰りとも東海道線を使った。その帰り道、横浜あたりになっていつもの虫が騒ぎ始めたのである。
神奈川県古書会館で古本まつりのはずでは。
調べてみるとその通りであった。二日間食っちゃ寝の生活だったので運動不足でもある。ここは横浜から少し歩いておこうと考えた。
「というわけで、少し歩いて帰ります」
と言ったら驚かれた。この暑いのに、死んじゃうよ。
「いや、家までではなくて何駅分か、ね」
そりゃそうだ。
横浜駅から反町駅までは、かつての線路だった東横フラワーロードを伝って歩いていく。線路だった証拠は、途中で遭遇する高島山トンネルだ。車は通らない歩道だけの道なのに、不釣り合いなほどのアーチのトンネルである。トンネル好きとしては、ここを抜けるのは心躍る体験となる。しばらく歩いて、反町駅に着いた。神奈川県古書会館は、ここから横浜新道沿いに北東に行って、一本入ったところにある。反町公園の北側だ。
三分ほど歩いて到着。ガレージのようなところに露台が出ている。何人かの古本店主が店番をしており、顔見知りのNさんは柱のところに椅子を出して座っていた。ご挨拶をしようかと思ったが、気持ちよく舟を漕いでいる様子なので、控えることにした。
この反町古書会館展は、探偵小説系の出物が多い。この日もバラの別冊宝石や、東京創元社の世界推理小説大系の揃いなどが出ていた。ハヤカワ・ミステリの平台にエド・マクベインの87分署シリーズがたくさん積んであったのは、誰かがまとめて売ったのだろうか。この他芸能本なども多く、三木鶏郎の回想録が揃い、CDつきの箱入りであったのには心が動いた。値段も手頃だったのだが、鶏郎の原稿はついこのあいだ書いてしまったばかりで、今すぐは需要がない。嵩張る本でもあり、今回はちょっと見送ることにした。
丹念に見て歩く。湯河原帰りで疲れているのもあって、棚を見る目が弱い。もっとマニアックに、親の仇を睨むような目で見ないと本は発見できないのである。前世魔人を見破るようなというか。今日はたいした釣果は期待できないぞ、と思う。
そんな中、文庫棚に良い物が見つかった。講談社文庫のエチエヌ・ブリュル『危険なザイル・パートナー』だ。自身も登山家である著者による山岳小説集で、表題作は幾度もパートナーを山で死なせてしまった男が自らもついに遭難するという話らしい。ミステリー色は当然薄いのだが、山岳小説はサスペンスやスリルの味が強いものが多くて楽しい。200円だし、これを買っていくことにした。
支払いをすると神奈川県古書組合が今後出展する古書市の予定表をくれた。ありがたく頂戴する。見るとNさんはまだ心地よい眠りの中のようである。黙礼して、外に出た。
さあ、もう少しどこかに行こうか。