2018年に読んだ短篇の中でぐっときたものの一つに、田中兆子「私のことならほっといて」がある。「働く妻にとても理解がある」が「僕は君より五倍稼いでるんだよ。だから家事は君の担当」と平然と言うような夫に内心嫌気が指している女性が夢の中で出会った男との情事に溺れ、ついにはそのために極端な行動に出てしまう、という話だった。根底に女性の生きづらさという重い主題があるのだが、それを夢の中のセックスと絡めて語るというのがおもしろい。ああいうのがもっと読みたいな、と思ってたら同作品を表題にした単行本が出た。
『私のことならほっといて』に収録されているのは、2014年から2018年まで「小説新潮」を中心に発表された短篇7作である。セックスを軸に女性が描かれているという共通項があるが、各篇の中で描かれている登場人物の関係性はさまざまで、まとめて読むと視野が広がるのを感じる。たとえばコミカルなSFの「あなたの惑星」は、地球滅亡後に異星人によって保護された女性が、種の保存のためにセックスすることを要求される話で、出産があたかも義務であるかのように言われる昨今の状況を皮肉ったものとしても読める。「早稲田文学」に掲載された「六本指のトミー」は、級友の指に固執する少女が主人公で、これは女性の異性に対するフェティッシュな欲望を描いた一篇だ。「匂盗人」は、嗅覚に敏感な同性のルームメイトの存在が元で自身の体臭が気になってしまう女性が語り手で、同性との面倒臭い関係の話でもあるが、男性から身体性について言及されてしまうことが常態になっている女性の現在を描いたものともとれる。身体によって規定されてしまう女性が、今どこで何をしているのかを、田中は慎重に見極めようとしているようだ。
未読のもので気に入ったのは「歓びのテレーズ」で、不実な男にしっぺ返しを食らわす話で、リベンジポルノにはならない結末に爽快感がある。胸を張って退場。