良質のミステリー短篇集だ。水生大海『最後のページをめくるまで』(双葉社)は、著者のこれまでの著作中でもかなり上位に来る作品である。印象的な題名は、全五篇が終わり近くに衝撃的な展開を準備しているとの宣言だろう。ページレイアウトもそれを意識した形であり、単行本になって「小説推理」掲載時よりも興趣は増したと私は感じた。
巻頭の「使い勝手のいい女」は『ベスト本格ミステリ2018』(講談社ノベルス)にも採られた一篇である。〈わたし〉こと二十八歳の長尾葉月は、他人から安く見られ、利用されることの多い女性だ。だから「使い勝手のいい女」なのである。その葉月の部屋に、元恋人の津原智哉が訪ねてくる。彼女の性格を熟知している智哉は、防壁をひょいひょいとまたぎ越え、土足で心の中に踏み込んでこようとする。ここで言いなりになってしまえばおしまいだと必死に抵抗する葉月は、ある極端な行動に出た。
葉月から智哉を奪った女性、加奈が登場してからは話の緊張感が一気に高まる。終盤では思わず脱力してしまうような仕掛けもあり、ユーモアの味付けも効果的だ。二作目の「骨になったら」の主人公は、整形外科医の花沢公人という人物だ。彼の妻、桜子は自分に責任のある事故で息子を死なせたことから、自殺願望に取り付かれてしまう。彼女との息詰まるような日常を描いた話かと思いきや、途中で意外な転調が行われる。不躾な闖入者のために関係者の運命が狂わされるという展開は、四作目の「監督不行届き」にも共通している。自分の娘ほどに若い女に狂ってしまった夫のため女性が苦労をする話だ。
その他の収録作は、振り込め詐欺に手を染めた男が主人公「わずかばかりの犠牲」、轢き逃げ犯に子供を殺された女性の執念を描く書き下ろし作の「復讐は神に任せよ」の二篇で、これらを読み終えると題名に深く頷くことになる。物語の裂け目から溢れた水の黒さよ。