(承前)
9月某日
ようやく目的地にたどり着いたのが午後6時過ぎ、正確には静岡駅ではなく、静岡鉄道で一つ手前の日吉町に予約していたホテルがあった。ここからだと水曜文庫まで近いのである。水曜文庫の閉店が19時30分であることは前もって調べてあったので、頃合いを見て出かける。夜に訪ねるのは初めてだ。先日もそうだったが、来客があって店長と何事か相談をしている。実はこの店では何も買ったことがない。坊主ばかりだとそろそろ気まずいな、と思いながら芸能棚を見ると、高平哲郎『それでも由利徹が行く』(白水社)がある。生粋の喜劇人の聞き書き本で、正編は持っている。値段も手頃なので、これを水曜文庫の初購入本とさせてもらうことにした。
そこから十五分ほど歩いた浅間通りにあべの古書店がある。こちらもつい先日来店したばかりで、店主に顔を覚えられていた。
「おや、頭を短くされたんですか。実は私もばっさりいったばかりなんです。髪を切ると何か心境の変化か、とか聞かれますが、だいたいはそうではなくてふとしたはずみですねえ」
そう言って、ははは、と店主は笑ったのであった。前にも書いたとおり文庫本が百円均一という名店であるのでいくつか拾い、他に何かないか、と物色していると「別冊小説新潮」が二冊目に入った。なんと藤原審爾「飯田蝶子その一生小説日本映画史」の戦前篇・戦後篇がそれぞれ一挙掲載されているのである。
さて、困った。寡聞にして藤原審爾がこの女優のことを書いていることすら知らなかったが、もしかすると未読のいずれかの長篇がこの作品なのだろうか。くだんの別冊小説新潮の刊行は1975年だから、それ以降に新潮社から出た単行本が怪しい。しかし、それらしき本は心当たりがないのである。もしかすると、単行本未収録の作品なのかもしれぬ。これを見落とすわけにはいかず、やむなく買うことになったのであった。藤原審爾だから仕方ない。
しばらく時間を潰して、駅前の多可能へ。空きがないといって一旦は断られたが、人波が引く頃合いに行ったら中に入れた。カツオとヒラメの刺身をとって、軽く一杯やる。さっきのワンコップで、もうおなかは出来上がっているのである。その日はホテルに戻り、おとなしく就寝した。
夜が明けて、時刻は午後八時。ここから伊豆半島の伊東まで移動する。城ヶ崎海岸で友人たちと一晩泊まり込みで遊ぶ予定なのである。伊東駅で待ち合わせなので、ちょっと早めに行き、一駅先の南伊東まで行く。先日は行けなかった岩本書店に再訪である。店頭の均一棚で南部樹未子『乳色の墓標』(徳間文庫)を拾う。南部は私のお気に入りで、これまで何冊本を買ったかわからない。店内に入ると、山田風太郎の桃源社奇想小説集の『春本太平記』があった。値付けがしてなかったが、500円までならいいだろうと思い、帳場に持っていく。まさにその通りの値段を言われたので、お金を払って本を受け取った。駅までの帰りに、やはり先日も来たリサイクルショップひゃくめんそうにちょっとだけ立ち寄る。異常なほど海外ミステリー棚が充実していてびっくりしたのだが、見てみるとその空隙は埋まっておらず、日本人作家の本が補充されていた。このあいだまでルース・レンデルなどが置いてあったところに門田泰明『黒豹メルトダウン』があるのを見るのもいとおかし。伊豆急行電鉄で十一時半に伊東駅に着いた。ここから古本とは無縁な時間である。