某月某日
この日は浅草・木馬座にて東家一太郎・美(みつ)の「いち会第八弾 十二年目の御礼話」であった。本来は10月12日に行われる予定だったのだが、台風の影響で都内ほとんどの演芸興行が中止になり(強行したところもあったという。すごいね)、この日に延期となった。延期の都合で土曜日の昼興行一回だったものが平日昼夜に変わったため、お客の少なそうな昼のほうに行ってきたのである。入場してみると、さすがにいつも火曜亭で見かけるような面々は少ない。それはそうだ。仕事だよね。
東家一太郎の公演はいつも、浪曲かけ声教室から始まる。故・国友武春が考案したものらしく、著書にも入っているが、浪曲で大事な「待ってました」「たっぷり」「名調子」「日本一」などのかけ声をあらかじめレクチャーするというものである。
それが終わって本編に。以降の番組は以下の通り。
「太閤記 矢作橋」一太郎・美
「若き日の古賀政男(講談)」田辺鶴遊
仲入り
「野狐三次 彫物の由来」一太郎・美
仲入り
「節劇 安兵衛道場破り」演者総出演
「矢作橋」は今年ネタ下ろしされたそうだが、すでに堂に入った演じっぷりで、「彫物の由来」と共に一太郎十八番になりそうである。「太閤記」は今年、「野狐三次」は去年、東京・赤坂でやっている「赤坂で浪曲」にて連続物を読むという試みで鍛えられたもので、一太郎さんの成長を身近で感じたい人は同興行に足を運ぶのがよさそうだ。次は「太閤記」の最終回で12月8日である。私は自分のイベントが入ってしまったので、残念ながら行けないかも。「桶狭間」聴きたかったんだけど。
「節劇」とは浪曲の節に合わせたお芝居で、これがなかなかおもしろかった。小道具の使いようで、あ、だからさっきあのネタをかけたのか、などと感心したのはこちらの商売柄で、伏線が気になるたちだからだろう。三門綾が市川海老蔵にそっくり、という浪曲ファンなら誰でも思うことがくすぐりに使われていたので笑ってしまう。名前だけだと紛らわしいけど男性である。結構長尺だったのでダレると辛いな、と事前には身構えていたのだが、気にすることもなく楽しんで観てしまった。次回も楽しみである。
木馬座を出ると風がすっかり冷たくなり、冬の気候になっていた。この日は水曜日なので地球堂書店は休みなのである。背中を丸めながらとぼとぼ歩く。国際通りを横切ってそのまま一号線に出て左折、上野駅の前を越えて上野広小路の交差点へ、広小路亭を右に見ながらちょっと歩いたところに、古本屋の文行堂がある。18時までの営業だったが、まだ開けていた。
ここは和本が中心なのだが、紙ものもあるし、店頭には中公文庫などの均一棚も出ている。三國一朗『肩書きのない名刺』と入江相政『濠端随筆』を拾って、今日はこれで十分と帳場へ向かうと、横に高座扇が置いてある。どうも落語家が縁起物に配ったのを、誰かが売ったらしい。いくつかある中に三笑亭可楽のものがあった。大好きな八代目なら嬉しいが、当代のものだろう。それでも記念になるので、これもいただくことにした。占めて千円しないのは誠に嬉しい。木馬亭のよいお土産になった。